2020年9月4日金曜日

昔日山行話10 人生が開けた

さて、今回は、この日から私の人生が変わったといっても過言ではない日の山行話です。
時は2004年11月28日(日)。
穂高へ登りに行った後から、父ちゃんから「岩稜帯のある山を登りに行くのであれば、岩登りを少ししといた方がいいんちゃうか。」と言われていました。その時は、「岩登り」がなんであるかピン!と来ておらず、「まぁ、そのうちに」みたいな感じでした。

この日、当時父ちゃんが入会していたハイキング山岳会とのちの私が入会することになる山岳会をかけもちして活動していたYさんが岩登りの練習をするから、と父ちゃんに誘われて行ってみたのでした。

場所は、裏六甲の百丈岩。アイゼントレや岩場の救助訓練でよく使われる岩場です。
私はといえば、岩登りのいろはも全く知らず。ロープをつけるとかも全く知らずに行ったわけです。もちろんクライミングシューズやヘルメット、ハーネスなども持っていなかったので貸してもらいました。

岩場の基部にはたくさんの人がいました。こんなに岩登り人口がいるんだぁ...。
登りだすと、森の中から飛び出して目の前に上部の壁が広がりました。

初心者なのでもちろん、フォローで登りましたが、岩をつかんでバランスを考えながら登るのがもぉそれはもぉ、衝撃の楽しさでした。こんなに楽しいことがあったのか世の中に!というくらい、楽しいものでした。
まぁ、初めてなので、登ったルートは緩傾斜でまったく難しいところではなかったのですが、岩の出っ張りを掴んでぐんぐん登っていくのが、歩いて登るのとはまた違う面白さが。

この緩傾斜を登りました。父ちゃんがフォローで登ってきてます。

隣の壁を見ると、あんなところに人が!すごい!

逆光の写真ですが...。百丈岩のど真ん中にそびえるロウソク岩。
緩傾斜の終了点から歩いて行くと、電気工事のような格好(ギアを持った)した男性が2人おりました。
この2人こそ、のちに所属することになる山岳会の会長さんとメンバーの人で、下山後、道場駅前で一緒にお酒を飲むことに。
ここでも衝撃でした。いい年をした大人たちが駅前の広場で、そこここで、地べたに座って円陣を組んで酒盛りをしているではありませんか!
ちょうどこの時期、日本の若者が町のあちこちで地べたに座るというのがちょっとした社会問題化して久しく、私がアメリカにいた頃、かの地のUSJへ仕事で出かけた時も、日本人の若者が地べたに座っており、驚愕した覚えがあります。
それを諭すはずの大人が地べたに座っている。しかもお酒を飲んでいる...。ちょっとしたカルチャーショックでしたが、みながしてるのでいいのだろう、と私もお酒とおつまみを買って楽しんだのでした。

1ヶ月ほど悩んだのち山岳会に正式に入会することになり、入会後は、会長直々にアルパインを中心とした岩登りについて教わることになりました。ここから私の、とある人が言った「遅咲きの狂い咲き」の登山生活が始まったのでした。