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2013年9月3日火曜日

今年のマッターホルンヘルンリ稜

2013年9月1日

あの猛暑はなんだったの?というくらい先週の大雨を境に、朝晩涼しくなり、昨夜、今夜と虫の音が聞こえて早くも秋の訪れを感じる今日ですが、去年、今年と2年立て続けにマッターホルンヘルンリ稜に登り、その違いなんぞを報告しておきたいと思います。

雪の状態
去年より多かった。
ソルベイ小屋に行くまでにもところどころ(アイゼンは不要)残雪あり。
ショルダーもそこそこついていた。去年はショルダーを越えて、北壁側に入るところでアイゼンを装着したが今年はショルダーの下部で装着。
頂上直下の雪原に立っている聖者の像は、股下まで埋まっていた。この地帯は雪があった方が登り、下りやすいと思った。インターネットで検索した雪がない状態の写真を見る限り、雪がないとガレ場なのであの高度感で体力的にもしんどい状態でガレ場を下るとなると怖そうだなぁ、と思った。

2012年8月

2013年8月(今年)

















登攀道具
  • 50mロープ1本(去年の自分の記録には50mロープではやや短い。60mあれば確実に安心、と書いてあったが今年も50mロープ1本で行った。なんとか間に合った。)
  • アイゼン12本爪
  • 登山靴 私は縦走用のシリオ社の革重登山靴で行きました。ハズは冬期用靴のボリエール社の靴
  • ギア類(一人) 確保器+環付ビナ、環付ビナ2枚、デイジーまたはパス、スリング2本、カラビナ4枚、捨て縄1本=未使用)
  • 上下服装 日本の春山の服装。ファイントラック社のフラッドラッシュスキンメシュ(上のみ)、3シーズン用の下着上下、モンベル社の少し厚めの長袖Tシャツ、冬の低山から春山高山用の厚めのズボン。寒かったら雨具を着た。下りは暑かった。
  • スパッツ マッターホルンには持って行かず
  • ピッケル バイル。ショルダーを越えて北壁側に入ったところで1〜2回使用のみ。
  • 指先を切った革の手袋 全て隠れた手袋やと岩の感じが分かりにくい。素手だと手の皮がざらざらになる。去年の記録にこれ必須、と書いてあったのに持って行くのを忘れてしまった。ハズには言ったのに。ガイド登山のクライアントは皆、指先まで覆った革の手袋をつけていた。インナーがぼろぼろになるのは少々もったいないので素手で行き、ショルダーから上はインナー手袋とオーバー手袋を付けた。ハズはそのまま登ってたが時々手が冷たい、と言っていた。
  • 飲み物 水。高度が高くとにかく空気が乾燥しているのでノドが乾く。キャメルバックを持って行く時は、飲み口をしっかりザックと固定して素早く飲めるようにしておくのがポイントかな。
  • 行動食 日本から持って行った行動食は、定番の柿の種、小袋に入ったおかき、バランスアップ、スニッカーズ、塩味キャラメル、のど飴、など。この他は現地のスーパーで調達。スニッカーズは現地でも入手可能と去年、現地で購入したらものすごく甘くて山の上で食べるとノドがべたついて逆効果だったので今年は日本から持って行った。
登るときも下るときも、逆方向の行動をする他パーティと支点の共同使用があるわけですが、ガイドがするようにロープを直接かけてしまうと、後から来たパーティーが自分のロープの上、そのまた上へとセットしてしまうのですね。こうなると自分のロープを抜くことができないわけです。ここで考えたのですが、手間はかかりますがスリングを1本支点に回し、カラビナを1枚つけてそれにロープをセットすると回収がしやすいかなと。少々手間はかかりますが、上に重ねられたロープ、3パーティの分がなくなるまで待ってる時間なんてありません。それに1パーティが抜けても次から次へと他パーティがやってきては使うわけですから待っていては延々そこから動くことができないので、この方法がいいのではないかと思った次第です。

下りに(ヘルンリ小屋までに)10時間も要したわけですが、やはり懸垂下降というのは下りるという行為自体は早いけれどもロープを回収し、次の懸垂ピッチのためにロープをセットする、というところで時間がかかったなぁ。ガイドもそうですが、他の現地の人達はすったかすったかクライムダウン。ひぇ〜っていうようなところでもクライムダウン。しかも前向き。どうやって早く登って早く下りるか...。色々と考えさせられました。


2013年8月23日金曜日

マッターホルンヘルンリ稜 その2

2013年8月14日(水)

ヘルンリ小屋に泊まっての往復は時間がかかると読み、去年と違って今年はソルベイ小屋に泊まり往復することにした。15日中にツェルマットに帰れたらええなぁ、という感じだったがやはり私の高度順応がうまく行かずヘルンリ小屋で素泊まりすることに。たまたま2つだけ空いていたベッドをもらえてラッキーだった。ちなみにヘルンリ小屋素泊まり一人一泊40スイスフラン(現金支払いのみ)

登る途中で日本人パーティと会い話をしましたが、九州から来られた彼らは小屋は、この日の水曜からずっと満室で泊まれないと言われたそう。ダメ元で小屋まで来て交渉したらいけるかと思ってツェルマットの街から登ってこられたが、やっぱり空いてないと言われ今から下りるとおっしゃってた。
思うに、ヘルンリ稜登りの人達(圧倒的に多いのだが)とハイキングまたは写真を撮りに来ただけ、という人達を分けて部屋に泊まらせるシステムのようだ。なので、私達はハイキング目的の人達用部屋(圧倒的にその部屋数は少ない)に最後のベッド2つが空いていて泊まれた。しかし助かった。泊まれなかったら一昼夜食べてない体であと5時間歩いて街に戻らなくてはならなかった。

マッターホルンヘルンリ稜
もうすぐヘルンリ小屋に到着 シュワルツゼーから片道2時間

マッターホルンヘルンリ稜
上の写真から約4時間ほど時間は進み、
あまり迷うことなくソルベイ小屋に到着
直下のスラブで一応ロープを出す

マッターホルンヘルンリ稜
翌日、15日(木)
ショルダーを越え一旦北壁側に入り、そして東壁側に戻った
最後の切り立った壁
ここですでに下降を開始したガイド達と支点の争奪戦

マッターホルンヘルンリ稜
頂上です 奥に小さくイタリア側の頂上の十字架が見えます
頂上よりも去年の敗退地点を越えた瞬間の方が込み上げて来るものがありました
ハズは初めての海外登山で初めて登った4000m級で初登頂

マッターホルンヘルンリ稜
そして長い長い下降です 結局ヘルンリ小屋まで10時間を要しました
これはウバーモズレスラブを懸垂するハズ
ここからあと2ピッチの懸垂でソルベイ小屋です

マッターホルンヘルンリ稜
ちょっといやらしいトラバース
ヘルンリ小屋はもうすぐ...と思いきやまだまだ遠い
日が陰ってきました 19時頃だったかな

ヘルンリ稜登攀のレポートはウェブでたくさん公開されているので今回はあまり詳しいことは書きませんが、帰国して5日、先週の今日、頂上に立ったのですが今頃、やっと頂上に立てたのだという実感が湧いてきてます。何はともあれ下降が長かった。そして私は食べれなかったので体力的にというか、身体生理機能的にほんとぎりぎりでした。食べれる人はとにかく下降時、時間があれば何かを口に入れてください。そうでないとシャリバテになってから食べても遅いです。そして水ですが、やはり空気はものすごく乾燥。とにかくノドが乾く。身体機能的に後でもどすのを分かっているのですが、とにかく水は飲みました。

今年は去年に比べて雪が多く多少トレースがついていて下降時、ルートが分かりやすかったのとショルダーとショルダーを抜けてからの雪原は楽でした。雪がなくてがらがらのガレ場やったらちょっと怖かったかも。

あと、ヘルンリ小屋情報ですが現在改装工事を開始しており収容スペースが従来の半分になっています。こういう理由もあって泊まれない人が多かったわけです。そして来年は完全に閉めるようです。下記の写真をご参照ください。

ヘルンリ小屋改装
改装中のヘルンリ小屋

マッターホルンヘルンリ小屋改装
ドイツ語、フランス語、英語で説明書き
英語バージョンのとこのみズームで撮影

説明を訳しますと、

2015年、マッターホルン初登頂から150周年を迎えるにあたって
ヘルンリ小屋は改装工事を行っております。

2013年から2015年の営業期間

2013年夏期
収容スペースを限定して営業中 
工事中ご迷惑をおかけいたします

2013年から冬期から2015年
冬期部屋休業

2014年夏季
日帰りおよび宿泊用部屋休業

2015年夏季
7月に営業再開予定

となっております。要は、来年の夏期は全館クローズ、休業ということで泊まれない、っちゅうことです。テント泊はよく分かりませんが、工事車両や設備が運転する中で、すぐ横のテン場を安全面から開放するのかどうかちょっと疑問。行くとしたら、at your own risk(自己責任で)となるかもしれませんね。
で、こういう事情なので、来年行こうと思われる方は行き先を変えるか、
ソルベイ小屋で初日を過ごし2日目に何がなんでもツェルマットまで戻る意気込みで下りる計画を立てるか、
シュワルツゼーホテルで前泊し、+2時間の行程で登下降をして帰りにまたシュワルツゼーホテルで泊まるか、の
どれかになるかと思いますが、ま、こんなことを言うのもなんですが、ソルベイ小屋は小さいので寝るスペース争奪戦が繰り広げられるのは想像にかたくないですし、+2時間の行程を組んでまでよ〜〜〜っぽどの事情がない限り、来年行く必要もないかと思われます。なので、来年行こうと思ってらっしゃる方は、もう1年トレーニング&貯金に充てるか目的地変更っていうのが妥当かな、と。

ということで、りょうちゃんの2013年の夏は終わりました。
しっかし日本はまだまだ暑い!スイスは最高気温20度ちょっとでほんっとに過ごしやすかっただけにこの一週間、つらいです〜!!


2013年8月19日月曜日

マッターホルンヘルンリ稜

2013年8月11日〜18日

メンヒとユングフラウ登山の予定が出発20日前に、ある人の一言で私の負けん気に火が付き、再度マッターホルンヘルンリ稜に挑戦することになってしまった。
去年と違って全くなぁんにも、トレーニングもしてないのに大丈夫か?一緒に行くのはハズだが、色々と自分自身に不安が残るまま出発した...。

チューリッヒへの機内から モンブラン(多分)

まずはブライトホルンで高度順応

高度順応終わって下山 頭痛に襲われて痛い
スケールが違うヨーロッパアルプス モンテローザ方向

ツェルマット初日の日暮れ 赤く染まった雲が噴煙のようだった
ヘルンリ小屋までのアプローチ途中で羊の群と遭遇

子羊がものすごくかわいかった 母親は警戒心を表した
15日、頂上を目指す日の朝 この景色をまた見れて幸せだ




2013年1月17日木曜日

マッターホルンヘルンリ稜 最終日


2012年8月23日(木) 晴
とうとう最終日になった。2週間は長かったなぁ。楽しめた。けど、登れなかったことがここにきて悔しい。

朝9時にパッキングを終わったが、もうちょっとだけお土産を買いに駅前のCOOPまで行く。
ザックを大小、2つかついで駅まで行くにはつらい坂道。バスのフリー券をもらったことを思いだした。しかもバス停はアパートのすぐ前。なのでこれは乗らない手はないと12時前にアパートを出発する。
12時頃、バスが来て乗り込む。早い。楽ちん。
12時17分発の電車に乗り15時過ぎに空港に到着する。18時過ぎにチェックインまで3時間少々ある。ここでもまた時間つぶしにビールだ。チェックインゲートの横にある「Bye Bye Bar」というバーの奥に大きな荷物を置いても邪魔にならないテーブルが空いていた。ビールを2杯飲んだところで店の男性がなぜかピーチパイを一切れ、サービスで出してくれた。いいのか?うれしいなぁ。多分、先ほど今から3時間またなくてはいけないのだ、と話したからだろう。おいしい。せっかくなので、酔い覚ましにコーヒーを注文していただく。いい時間になったのでお礼を言ってチェックインカウンターへ。荷物の重さが心配だったがクリアしてゲートをくぐりスイスにお別れを言う。

が、ここで発見、すでに出発時間が1時間、遅れていた。がびーん。お腹いっぱいでこれ以上何も食べれない、飲めない。逆にここで無理矢理時間つぶしに食べたら機内食が食べれなくなるので約3時間我慢する。
出発時間が近くなったのでゲート近くに移動すると更に30分出発が遅れていた。しかし、これでソウルでの3時間の待ち時間が短くなるのでよしとしようとじっと我慢。ロビーには先ほどまで人がいたのに気がつくと私と同じ便に乗る人しかいなくなって、閑散としていた。

23時前にチューリッヒを飛び立った。しかしソウルに到着したのは、元々の到着予定時間よりわずか数十分の遅れだけ。どんだけ飛ばすんじゃい!で、結局、ソウル空港でもビールを飲んで時間をつぶした。

8月24日(金) 
21時過ぎに関西空港到着。蒸し暑い。日本の夏だ。そしてこれでこの夏は終了。ばんばんざいの夏ではなかったがいい思い出になったしなによりやっぱり山がいい。また行くぞ、絶対に、スイス。


2013年1月15日火曜日

ヨーロッパの続き その12 最終日

2012年8月22日 雨のち晴


朝から通り雨。晴れたり雷が鳴ったり雨が降ったり。9時頃には晴れ間が広がる。
この日はおみやげなどを買うための自由行動日。まず洗濯をしに行った。コインランドリーがあった。
英語はもちろん、日本語、韓国語など多言語で使い方が洗濯機の機械そのものに油性ペンで書いてある。これは使うな、このボタンはお金を入れてから押せ、などなど。

洗濯している間に外に出てぶ〜らぶら、ウィンドウショッピング。駅に近いお土産屋さんで、ユングフラウヨッホ駅で見たのと同じような木で作った人形を見つける。ユングフラウヨッホで買おうかどうしようか迷ったが、日本で待つ相方さん=人形を飾る家の家主さんが気に入るかどうか分からなかったので買わなかったが、ここでも見つけてしまった。こうなったらやっぱり欲しい。写メを撮りお伺いをたてるメールを打っていると声をかけられた。

最初は誰か分からなかったが、話を聞いているとメンヒで一緒だった人らしい。火曜にユングフラウに登る予定が月曜の夕方にみぞれが降ったこと、彼の体格だと(かなり大きい方だった)クレバスを踏み外す可能性があることなどを理由にユングフラウに登るのを登山ガイドに断られたらしい。そのことがよほど残念と見えて「いいな、いいな、君たちは登ったのか。」としきりに言っていた。

ユングフラウに登らなかった代わりにどうしたのか聞くと、メンヒヒュッテから片道2時間、往復4時間の3000mほどの山に登って終わったという。それでガイド代が700CHFだそうだ。メンヒは500CHF。合わせて1200CHF、がんばって貯金してこの時に備えたのに、どうも納得がいかないとしきりに言っていた。なんだか間違えて苦い食べ物を口に入れてしまったように気分が悪い、という。そりゃそうだろ。1200CHFってかなりの大金だ。彼の一方的な話だが、どうもガイドさんの態度が不信。ガイドにはクライアントおよび自身の安全を確保するという使命があるにしても、当日の朝、3時半に起きて行く準備をしてから、小屋前の雪を触ってこの雪の状態はよくない、しかも君の体格だとクレバスを踏み抜く恐れがあるから、と言うのはどうなんだろう。前日、一緒にメンヒに登って、私達と同じような時間帯に下りてきていて雪が腐っているのは分かるようなものなのに。まぁ、色々とガイドさんにも言い分はあるだろうが、ほんとに彼が気の毒だった。

この彼と話をしている間に相方さんよりメールの返信が来ていた。気に入ってくれたので119CHF分購入。洗濯もとっくに終わっており会社や山岳会へのお土産も購入しアパートに帰った。
アパートに帰る途中で、なんだか急に通りから人の姿がなくなったな、と思っていたらお昼の時間でお店が閉まっていたのだった。12時から13時までお店を閉め、みんなランチタイム。駅前のロータリーに停まっていたバスも、行き先を表示する電光掲示板に「Pause」と表示して運転手さんがランチを食べていた。(下の写真)

19時頃、アパートの裏にあるアパートの管理人さんの妹(お姉さん?)が経営しているホテルのレストランでアイガー北壁を見ながら夕食をいただく。このレストランは旅行情報誌の「るるぶ」にも掲載されていた。せっかくなので珍しいものをいただこう、ということで私は馬のステーキをいただいた。サウザンアイランド、フレンチドレッシング、マスタードソースにクランベリーソースが付いて、他にフルーツが付いてきた。この他に蒸し野菜とロシティを頼むが、ロシティはすでに添えてあった。だったらそういってくれたらいいのに!ロシティをたらふくいただき、お腹いっぱいで苦しくて夜はよく眠れなかった。

夜中には嵐になり、起きてベランダから外を覗くと雷が光っていた。この旅も明日で終わりとなった。

朝も通り雨があった 雨上がりの太陽がまぶしい
















ユングフラウヨッホから戻ってきた登山列車
















お昼休み中のバス 電光掲示板の表示にユーモアが















夕食の馬のステーキプレート 柔らかくて美味しかった

2013年1月11日金曜日

ヨーロッパの続き その11 ユングフラウヨッホ登山

年が明けても、やっぱり去年のヨーロッパの山行の続きを書くことにする...

2012年8月21日(火) 晴れ
3:30起床 4:20小屋出発 4:45ユングフラウヨッホ前 6:00岩稜取付 8:30上部岩稜、ザッテル
10:20頂上 12:00ユングフラウヨッホ 15:00グリンデルワルド帰着

ここに来てマッターホルンに登れなかったことが悔しい様ななんとも言えないような気持ちになってじわじわと広がってきた。前日のメンヒは楽しかったが、この日のユングフラウヨッホはあまり気が進まない。が、ここに来た以上、登っておかなくては、と思い小屋を出た。

ユングフラウヨッホ駅の前でロープをつなぎ平らになった、ジープか何かの(前日にジープが走ってた)走行跡を行く。先行隊の足跡を探しながら行くが途中で消えた。目の前には立入禁止のためか(?)スキー場でコース横に張ってあるようなネットがあるが、1カ所ネットが倒れているところがあったので向こう側に行き踏み跡をたどる。

コース資料で見た、岩稜帯のある雨量計のところから登る。パーティとしては最後の方。後ろから3人1組がいたが途中で引き返したようで頂上まで来なかった。

岩稜帯を登るが相方がルートが見つけられない。私自身、集中力がない。うぅん、なんでそっちに行くかなぁ?と思いながら右、左、と指示を出す。

岩稜帯を過ぎ雪稜に出た。ここからはトレースをたどるがあなどれない。ザッテルの基部までのトラバースとザッテルまでの斜面の登りがまず侮れない。トラバースのトレースは思ったほど細いものではなかったが、この下にはぱっくりと口を開けている大きなクレバスがある。最悪、足元から下が、突然がぼっと落ち込むことも考慮しておかなくてはならないが考えても仕方がない。崩れないよう運を天に任せるだけだ。

ザッテルの基部に付くと、男性が1人雪の上に座っていた。サングラスをしてたのでよく分からなかったが初老の方のようだった。単独なのか仲間と来たのか分からないが、「なんとなく今日は調子が悪くてね。」と言っていた。「前にも登ってるから」今日はいいか、という感じだった。私も気分が全く乗らないのだ、と心で応答してから先に進んだ。

ここからは上から下りてくるパーティと行き違いがあった。岩稜帯のルートは分かりやすい。時々、向かって右側の雪の上に出たりしながら、最後の傾斜を登り頂上に。この辺りからガスが出始めた。すでにメンヒの上には傘雲があったのですぐには崩れないだろうが、しかしどうなるか、他国の天気は分からない。少し焦る。

頂上に着くと3人パーティがいた。10分ほどで下るつもりだったが、うち1人、ガイドさんが声をかけてきた。話がはずみ、10分のところが20分ほど滞在してしまった。話をしているととても楽しくて、今日はなんだか乗ってなかったけど、あなたとお話できてよかったわ、と言うと笑われた。このガイドさんはオーストリアからクライアントを2人連れてきていて、みんなスイスの山がいいと言うけれど、オーストラリアの方は東アルプスというのだけど、高さも3000m台が多いけれど向こうの山の方が静かで登るのが面白くていいんだよ、と教えてくれた。最後に名刺は持ってるか?と聞くと唯一持ってた1枚をくれた。向こう10年の内に連絡するね、という「10年!」と笑われた。日本にいると本当に時間が経つのが早くて、10年なんてあっという間に過ぎるのよね、と心の中で言いながらとにかく連絡するね、と言って別れた。

10時40分過ぎに下山開始。下りながら見ていると前日見ていたトラバース下のクレバスを越えるトレースを前のパーティが進んでいたので近道でもあるのでこちらを行くことにした。しかし、前日のクレバスを少し飛び越えるトレースはすでに飛び越えられないほど広がっており、この日は少し迂回するように足跡がついていた。

ここを下りとにかく早く安全地帯に、と思い先を急ぐ。ガスはとっくに消え、再びいい天気に。その代わり、雪がゆるみ左手の壁の上から雪と岩がごろごろ落ちてきた。当たることはないがものすごい音である。

ユングフラウヨッホまでの道も時々クレバスを飛び越えるところがあり、油断はならない。12時前にユングフラウヨッホに到着した。ギアを外して片付けると、せっかくなのでスフィンクス(展望台)に登りたいという相方について行った。

13時半発の電車に乗り15時ごろグリンデルワルドに帰着した。

ユングフラウの頂上
前述のクレバス 写真右手に3人パーティ
登ってきたユングフラウ ヨッホから振り返って
アパートからアイガー北壁
写真左上に向かう灯りがユングまでの途中駅の覗き窓

2012年12月30日日曜日

ヨーロッパの続き その10 メンヒ南東稜

やっぱり続きを書くことにする...

2012年8月20日(月) 晴れのちくもり(山は雷とみぞれ)
5:50 起床 7:00 出発 7:17 ユングフラウヨッホ行き電車 9:00 ユングフラウヨッホ着
9:40 駅出発 10:18 南東稜取付 12:30 メンヒ頂上 14:30 南東稜取付 14:45 メンヒヒュッテ着
19:00 夕食 20:00 各々就寝

ユングフラウヨッホの駅まで3つの駅に停車しながらアイガーの山中を進む。グリンデルワルドの駅で列車進行方向に座り、アイガーの北壁を見ながら上に行くつもりだったが、次の駅のグリンデルワルドグランド駅で列車の進行方向が反対になる。しまった、と思ったがこの駅から山の上で働く人達がどっと乗ってきてほぼ満席状態になり席が変われず。

途中のアイガーワンド駅で一旦下りる。アパートから見えていた小さい窓からグリンデルワルドの街を見下ろす。ある映画では、ベランダのようになっていて外に出れたがやはり事故とか多いのか?外には出れず窓はガラス張りになっており外を見るだけになっていた。
グリンデルワルドの街はこじんまりとしているが、ツェルマットよりも大きい谷間に広がっているのでそれより大きい街のように感じる。

ユングフラウヨッホ駅に到着。窓から外を見るとユングフラウに登っているパーティが数組見えた。ロビーのようなところで身支度をするが、どこから雪原に出れるのか迷う。近代化された駅の中を5分ほど歩いてやっと出れた。陽の光がまぶしい。天気が良く、電車の中から見た雲の流れは嘘のようで念のために着た雨具が暑いので早速脱ぐ。

メンヒ小屋まで整備された雪道なので気軽に、ハイキングがてらに来ている人達が多い。マッターホルンのヘルンリ小屋までのように小屋まで行ってお茶したりランチを食べて帰る人が多いようだった。日本の山の感覚との違いを感じる。暑いので半袖、五分丈のパンツの人もいた。

資料のコースタイムより早く南東稜取付に到着。見上げると岩稜帯なのでヘルメットとハーネスを着用。ロープはつながず。アイゼンもこの時点ではまだつけず。20分位登ると雪が出てきたのでアイゼンを装着。ルートは穂高の冬山のようだったので、このくらいならロープにつながずに行けるだろうと2人共フリーでトレースをたどる。

雪稜を少し行くと岩稜帯が出てきて、少し登るとまた雪稜になりここから頂上まで、両端が切れ落ちた細い雪稜を登る。頂上に付くと6人ほどが休憩できるスペースがある。15分ほどいて引き返す。13時から14時になると気温が高くなり雪がくさって歩きにくいので慎重に下りる。

14時半頃、南東稜の取付に戻る。そこから目の前のメンヒ小屋まで10分ほど。小屋には下足ルームがあってここで靴をゴムスリッパに履き替えて小屋の中に行く。登山靴で歩くと足音が響くのでこの方がよい。足も軽いし。

15時にチェックイン。ビールを飲んで過ごす。飲みながらこれまでの記録を書く。テーブルの上のフラワーアレンジメントの色使いが絶妙。写真を撮る。


16時前から雲が広がり空が真っ黒になってくる。16時半頃、雷鳴を聞いた気がする。記録を書き終え昼寝のためベッドに上がる。18時半頃起きると外はみぞれが降っていた。

夕食はスープ、ジャガイモの煮っころがし、大きな皿にインゲンの煮びたし、ブタの角煮のスライス、ソーセージ。これを1つのテーブル、8人くらいで分ける。デザートはストロベリーアイスだった。

ご飯を食べて20時過ぎにベッドに入るが昼寝が長すぎたのかなかなか寝付けなかった。

メンヒ小屋データ(2012年8月時点)
1泊、夕食のみ付52CHF
ビール大(生ビール) 6.00CHF
ビール小(生ビール) 5.00CHF
夕食は19時から。朝食は3時半から4時までと6時から6時半までの2回。
翌日の行動内容によって時間が選べるがメニューはパンとスープだったので、持参した方が安くつくか?
この小屋は水が豊富に取れるようで、翌日の行動用の水分(砂糖入り紅茶)をいただける。夕食時に水筒を食堂の決められたところに置いておく。似たような水筒、携帯水筒バッグがあるので、名前を書いておくか目印になるようなテープを付けておくとよい。
宿泊は事前に予約をした方が望ましいようだ。私は前日、グリンデルワルドから公衆電話で予約した。

電車を降りるとある標識。一気に3400mまで上がる







ヨーロッパアルプスで最長のグレッチャー氷河

南東稜下部 優しい岩登りだ
南東稜上部 登ってくる人とのすれ違いに少し緊張する
夕方の雷雨の後、虹が少し見えた 

2012年10月3日水曜日

マッターホルン登山その9

2012年8月19日(日) 晴れ 日程9日目

前日は、失意の中、アパートに帰り登頂祝いのために買っていたビール、ワイン、チーズ、生ハム、サラダにパンと二人で飲んで食べ尽くした。色々と話をしたが、悔しいような悲しいような、心にぽかんと穴が開いたような...。

そして翌日。この日の朝はやや気持ち悪い感じで起床。やはり飲み過ぎた。

さて、どうするか?今、借りているアパートはこの日まで。アパートの玄関に誰が何日まで滞在、と張り出しがあるのだが、この部屋は明日、月曜には借り手があるらしい。もう一度マッターにトライするのであれば、とりあえずこのアパートは出てあと数日滞在できるアパートを探す必要がある。もしくは、マッターに登頂できたら、ということで考えていた、グリンデルワルドに移動してこの街を拠点にしてメンヒとユングフラウに登る案を実行するか。

とりあえず起きてパッキング。

8時半過ぎ、アパートを出て駅前に向かい、まずは天気予報のチェック。
この一週間は、グリンデルワルドはあまり天気がよくなさそう。対してツェルマットは天気がよい。
観光センターの前、駅前広場で座り二人で話をする。途中で食べたかったアイスクリームを買いに行き、朝からアイスをなめなめどうするか、もう一度アタックするなら...、グリンデルワルドに行きたいか...、何をしたいか...、どういう気分か...などなどすっきりするまで話をする。

この日も快晴。たくさんの人が頂上目指して登ってるんやろうなぁ。さぁ、どうする?気力と体力。気力はあるが、実際登り出したら体力が残っていないことを実感するだろうなぁ。でもなぁ...。

ふと、グリンデルワルドに行くならと思い列車の時間を確認しに行った。あと10分後と30分後に電車が出るタイミングだった。それを相方に伝えると...。

「行きましょう、次の場所に行きましょう。マッターはやめましょう。もしあと1週間、時間があって休憩できるなら気分も体力もリフレッシュできて再挑戦もできるけど今の状態では私は駄目かも知れない。だとしたら、初めてのヨーロッパ旅行やし、違うところにも行きたい。」
グリンデルワルド行きの電車に慌てて乗った。

グリンデルワルドの街は、ツェルマットより広い空間に家やホテルが点在してる。ツェルマットは渓谷の小さい街、という感じだったがこちらは開放感がありまた違った趣の街だった。

駅前にある観光センター(日本語OKの観光センターは閉まっていた)に行って今日から泊まれるアパートを探すと、4人用の2ベッドルームのアパートがこの日の朝、格安で貸してもいいわよ、と大家さんから連絡があったそうだ。この部屋が一番安かったので、この部屋にするも大家さんに連絡を入れてもらったが電話に出てくれない。とりあえず、地図(すごくアバウトな観光用散策地図)に印を付けてもらってアパートに向かった。







アパートまで、すごい坂である。下りやからええようなもんの、この荷物背負って帰り登るの、かなりきついでとすでに帰りの心配を始めている。が、アパートと大家さんを探すのに苦労した。

やっとのことで大家さんに出会い部屋に案内してもらう。予想以上に広いアパートで、ベランダからは...

どうだっ!アイガー北壁が目の前に見えるよ〜〜〜〜。めちゃくちゃいいロケーション。

荷物を置いて、駅前まで歩きに行き、次の日から1泊2日で山にあがるので、メンヒ小屋の予約、ユングラフヨッホまでの往復の電車チケット(混む時期なのでできるだけ事前に購入しておく方がよい、と観光局の人に言われたので)、そして食材の買い出しにあの坂を登り返す。

駅前が中心地で、ここにコープがあり買い物をする。日本の山道具店もあるぞ。お土産なども見ながら観光センターに行って切符を買って(手違いがあってはらはらしたけど)家に帰る。

夜になるとアイガー北壁の壁に明かりがぽつぽつと点いた。一番上のリッジにあるのがミッテルレギ小屋の明かりで、その下に斜めに続くのは、アイガーの山の中を走っているユングフラウ行きの列車の途中駅の窓だ。

ふと思い出すマッターホルン。なんだかもぉ1週間も2週間も前の話のようだ。



2012年10月2日火曜日

マッターホルン登山 その8

2012年8月18日(土) 晴れ


5:40 起床
6:00 ソルベイ小屋発
11:00 ヘルンリ小屋着
12:30 ヘルンリ小屋出発
14:30 ツェルマット帰着

5時半頃、小屋の窓から差し込むうっすらした光に目が覚め寝ぼけた頭で、イタリアチームより遅く出てしまうとまた前日のように下降に時間がかかってしまうと考える。相方を肘でつつき、こそっと話をしてすぐに出発することに。とりあえず荷物を小屋の外に出して準備する。

4時20分にヘルンリ小屋を出たガイドパーティが6時にソルベイに到着
昨夜はもぉ下りよう、と言ったのに、ここから見上げる頂上はこの日も綺麗に晴れ渡り、おいでおいで、と誘っているよう。準備しながらじっと見つめて考える。私の優柔不断の虫が動き出す。もう一度、ここから再度頂上を目指せないか?相方に言ってしまった。相方はその気満々。行きましょう、と言う。行きたい、と言う。行きたいよね。行きたいよな。でも、水はない、パスポートはヘルンリ小屋で人質に、これ以上下山が遅れると救助隊などが出動したらかなわない=面倒なことは避けたい、そしてなにより気力があっても登り出すときっと体力が落ちていることに気がつき、前日よりも遅くなることは分かりきっている...ということでやはり下ることにした。この時点でガイド登山の先頭集団、1番目のパーティが到着した。2番目のガイドにはアジア系の女性がついていたが、かなりしんどうそうだった。



ソルベイ小屋に上がるのにガイドパーティも順番待ち
ぼっちら懸垂しつつ下降を始める。小屋直下を下りきるまではルートがはっきりしていたが1つ目の支尾根を越えた辺りから道が分からなくなる。登ってくる人を見てその方向に下りて行ったが、今度は2つ目の支尾根の次が全く分からなくなってしまった。この時点でかなり時間が経っている。あっち行ったり、こっち行ったり。イギリス人のカップルとすれ違う。言葉を交わす。前日、頂上に届かなかったことを言うと、ため息をついていた。自信がないのだろう。でも、この時間にここだと私達よりは可能性がある。
次に韓国人の6、7人のパーティとすれ違う。この人達も道が分からなそう。言葉が分からないので、挨拶だけしてすれ違う。ここでイタリアチームに追いつかれた。そっちとちゃうやろう、という方向へ「道がある。」と言うのでついて行ってしまったらやっぱり違っていて、登り返すはめに。しもた!こういうところは自分を信じるべきだ。
登り返して改めて上から見ると、踏み跡を発見。そこをたどるもどう考えても登りに使った道ではない。でも、しっかりした踏み跡なので間違っていないだろう。この先から2回懸垂して第1クーロアールまで出る。ここからは簡単なルートでヘルンリ小屋まで歩いて下り、11時過ぎに小屋に帰着。パスポートを取り返す際、前日はどこで寝たのか?と聞かれ、ソルベイ小屋、と答えるとソルベイ小屋は20CHFかかるのよ、知ってた?と言われ、知らんと答えたもののしっかり徴収された。イタリアチームは徴収なしで下山していった。

この後、先ほどのアジア人の女性が戻ってきて食堂で片付けをされていたので話しかけてみるとツェルマット在住の日本人の方と判明。半時間ほど話がはずんだ。
現地ではハイキングガイドをされているということで、一度マッターホルンに登りたいということで1年ほど前からトレーニングをしてこられたという。登れて大満足だが2度と登りたくないという。私たち2人がノーガイドで登ったことにいたく感心されていたが頂上に立てなかったのだから感心にも何にも値しない。今度はガイドを付けて登ったらいいのよ、とおっしゃっていたが、それはどうも違うのだ。頂上に立ちたい、というのはもちろんある。けど、それはガイドに連れて行ってもらう、ガイドについて行くだけで立ちたいのではなくて自分達でルートを見つけて登りたいのだ。そんな話をしたが、相方は「登れなかったから負け惜しみにしかなりませんけどね。」と付け足した。ま、その通り。

この方とは、下山後、再度街中で会い、立ち話で盛り上がったが、再度、ガイド付きで行ったらいいのよ、とおっしゃる。が、やはりガイド付きではあまり面白くなくて頂上に立つだけならとっくにそうしている、と負け惜しみなく思うのである。

なにはともあれ、2012年の夏は終わってしまった。あれだけ恋い焦がれてきた山に振られてしまった。

ヘルンリ小屋からシュワルツゼーまでのハイキング道で。
振り返ると〜、そこには麗しき容姿のマッターホルンが〜...さいならっ!



2012年10月1日月曜日

マッターホルン その7

2012年8月17日(金)

はや1ヶ月以上が経ってしまった。更新せな、と思いつつ、次の人生のビッグプロジェクトの準備が忙しくすでに10月に入ってしまった。が、まぁ、こんな私の山行記録もどなたかのお役に立てるだろう、ということでめげずに更新いたします。

天気 晴れ
3:30 起床
4:30 出発
10:29 ソルベイ小屋
11:40 オーバーモズレイスラブ
12:45 ショルダー
14:00 北壁側、撤退決定
19:00 ソルベイ小屋着、泊

あと200mで断念。12時タイムリミットを14時まで繰り下げ、ソルベイ小屋に不要なものを置いて行ったけどあかんかった。
ソルベイまでの道がものすごく分かりにくい。少し慎重になりすぎたところがあって、ちょっとしまったなぁ、という感じ。あとはやっぱりもう少し体力が必要やったかな、と。それと岩登り。相方は体力第一みたいに言うけれど、そんなことは基本の当たり前のことで、それに加えてやっぱりクライミング力=ルートファインディング力と万が一、ルートを間違えてもしっかり戻れる力、みたいなの。

なにはともあれ残念。もう一回再挑戦するか?と言われればよく分からない。

朝日が昇ってきた
 3400mから3600mの間違えやすいところでかなり時間をくってしまった。進行方向左方向に行き過ぎると東壁に行き過ぎで戻らなくてはならない。そうなった場合の無駄な時間を節約したくて迷わないよう、迷わないよう、慎重になりすぎた。当初はソルベイ小屋まではロープで互いを結ばずに登って時間の節約をしよう、と言っていたのだが、私達より1週前に登った知り合いの人に聞くと、「そうやって行けるど、万が一落ちたら終わりやで。」と言われ躊躇してしまった。
とにかく、ものすごく時間がかかった。ソルベイまで長くても4時間で行けたらいいな、と言っていたのだが実際は6時間もかかってしまった。

小屋で、登頂は無理だな、と思った。元々、12時(正午)まで行けるところまで行き、12時になったらよっぽど頂上に近いところにいてない限り下りる、という話にしていた。が、ソルベイ小屋で泊まるとを前提に、不要な荷物を小屋に残し、制限時間を14時まで延ばせないか?と相方が言う。それでもこのペースでは頂上は無理やなぁ、と思いつつ行けるところまで行ったら自分も納得できるよな、と思いこの案でいくことにした。

ソルベイ小屋から上のオーバーモズレイスラブ
この時点でガイドツアーのパーティはすでに頂上に登り下りてきてる。それを見ながら登る。なんとも情けないような惨めな気持ちだ。それでも14時まで登り続ける。そして日陰になり風がきつい北壁側に入った。
北壁まで届いたか...。
ここまでの東面のルートと違って風が吹き出し、気温がかなり下がる。急いで上着と手袋をつける。残雪も出てきた。

そして、14時。
時計の高度計で標高4200メートル後半。直線距離にしてあと200m弱。見上げると頂上は見えている。しかし、最後の鉄ばしごましでは届いていない。鉄ばしごが目の前だったら14時を少し過ぎていても行こうと思っていたが。
このペースだとあと1時間半から2時間...。日没に間に合わない。暗くなるまでに4000mのソルベイ小屋に到着しなくてはいけない。

「下りるで。」

名残惜しそうに上を何度も見上げる相方に言った。

東面から北壁側に入るリッジ

ここから登ってきたルートを下降するが、上からだとどこを登ってきたのか、ラインが見えない。かなり適当に下っていく。北壁側に残置されている残置支点を使いながら懸垂下降して行く。この時点で数パーティいたが、慣れている人はすいすいすいすい、っととっと下りて行ってあっという間に米粒くらいの大きさになってしまった。

下降していると、イタリア側のリオン稜を登ってきたイタリア人パーティーと一緒になった。この人達が使っている支点を使い、同じように下降していったが、中に初心者っぽい人がいてこの人の懸垂のセットが時間がかかりかなり待たされた。話をすると、この人達もこの日の夜はソルベイ小屋に泊まるらしい。この3人に他にリーダーのノンノの友人が数名、ソルベイ小屋に到着するらしい。

ソルベイ小屋に着いたら、前夜、ヘルンリ小屋であまり眠れなかったのもあり、何も食べずにすぐに寝てしまった。9時か10時くらいに数人到着し、その後、夜中1時頃くらいにあと2人ほど到着していた。そんなことは疲れてかまえずとにかく爆睡していた。





2012年9月12日水曜日

マッターホルンヘルンリ稜登攀

2012年8月16日(木) 雨(街)、曇のち晴(山)
マッターホルン、ヘルンリ小屋まで。

6:00 起床
9:30 ロープウェイ
10:00 シュワルツゼー出発
12:30 ヘルンリ小屋
13:00-15:30 ルートの下見
16:00 小屋チェックイン
19:00 夕食
20:30 就寝

朝起きてアパートのベランダから空をみるとやや雲がかかっているも、いつもあっという間に雲がなくなるのでこの日もそうだろうと思い、朝ご飯を食べたりして準備をする。

この日はいよいよ、翌日の登頂目指してベースとなるヘルンリ小屋まで上がる。上がるといってもそないに大げさではなくてロープウェイに乗り、2時間ほどハイキングするだけの話だ。着いたらその後はルートの偵察に行く予定。

8時過ぎに準備が終わったので出発しようとすると相方が雨が落ちてきてます、という。ベランダに出るとぽつりぽつりと雨が。えぇ〜、雨かいな!小降りやから待っとこうか、と思っているうちに本降りになってきた。
上の状況が気になるので、とりあえず観光センターと山岳センターに天気予報をチェックしに行こう、と8時半過ぎにアパートを出る。

観光センターはすでに開いててタブレット端末で予報を調べると、向こう3日は晴れ。山岳センターや知り合い、自身の経験から3日向こうまでの天気はほぼ当たる。が、この日は外れた。しかし、向こう3日は晴れの予報。でもこの日は外れたのでその確率に悩む。次に山岳センターに向かう。数分歩く間にも降る雨は多くなっている。
山岳センターは9時オープン。10分ほどセンター前の軒下で待つ。その間にも本降りになってくる。私たちの他にも、山岳ガイドらしき人やどこぞを登る感じのエキスパートな感じの人達が待っている。

9時ちょうどに開き、2階に上がりカウンターの人に聞く。
「今は雨降ってるけど、大丈夫。今日の昼からは晴れ上がるわ!向こう3日、土曜日まですっきり晴れよ!」と自信満々に言う女性。ここまで自信満々に言われると「えぇ、今、雨降ってんのに?」と聞き返す度胸はない。

半信半疑だがとりあえずシュワルツゼーまで行くことにした。相方はロープウェイのチケット売り場の人に上の様子を聞いていた。「雨降ってるみたいよ。でも昼からは晴れるって予報では言ってるけど私には分からないわ。」そらそーだろう。とりあえず、上まで行くことにした。

ロープウェイに乗って上がるにつれて雨がひどくなる。ロープウェイの速度で雨がひどいように思うのだろうが、それを差し引いても街より降っているのはたしか...。

シュワルツゼーに到着すると、誰もいない。マッターホルングレーシャーパラダイスに行く家族連れが間違えて下りてしまったくらいで、他には誰もいない。そして景色はガスの中...。

あーだこーだと相方と話をしたが結局小屋まで行くことにした。雨具を着て出発する。
途中で数パーティとすれ違ったので今日、登ったのかどうか聞くと上は曇りでルートが分からず途中まで行って引き返したきた、とのこと。ガイドはこんなのへっちゃらさ、と言って登って行ったけどね、と教えてくれた。

気分はダウン。うぅん、上はガスだが、歩いていると髪の毛が濡れてくるくらいのガス。岩が濡れた状態なら登りたくない。小屋までのハイキング道を行くのは私たち2人と親子1組、単独の若い男性1人だけ。途中で(おそらく留学か現地で仕事をしているだろう)日本人の女性に出会いちょこっと話をする。2人でマッターホルンに登る、というと「素敵!」と言われた。素敵...かなぁ。無事頂上に着けたら、やけどなぁ、と思い別れる。

12時過ぎに小屋に着く。小屋外のトイレに行くのに小屋の裏側に回りこむと、一昨日行ったオーバーガーベルホルン方向の山々が太陽の光を浴びて見えるではないか!おぉ!天気は回復傾向だ!るんるん気分で用を足し相方に伝えるべく小屋のテラスに向かう。

休憩をし、下見に向かうべく準備。

テン場には数張りのテントが張ってあった。日本のものと違い軍隊のような深緑色のテントが多かった。しかも重そうだった。

取付に向かうとちょうど2人パーティと3人パーティが下りてきていた。3人パーティの背の高い若い男性に話しかけてみた。そしたら...頂上まであと1ピッチだったけど、時間切れで下りてきた、とのこと。朝は曇っていたのもあり、かなり道が分かりづらく、ガイドにも「そんなところでなにしてるんや!さっさとこっちへ戻ってこい!」と言われた、などと話してくれた。男性曰く「とにかく、踏み跡がなくなったりガレ、ザレが多くなったらそれはルートから外れていると言うことだからすぐに戻った方がいい。」と。もっかい行くの?と聞くと「今んところはなんとも言えね〜。テントに戻って考えるよ。」とのことだった。

ここからは多くのウェブサイトやブログサイトで記録が載っているのではしょりたいと思います。が、下見を行ったものの、やはり自分好みのルートを選んでしまうんですね〜。もちろん、そちら方面にも踏み跡があるもんですから。結構切れ落ちた稜線で、行く先には杭があって支点が取れるもんですから行くべきかどうするべきか考えていると、ちょうど下りてきた人達がいて、話しかけると「そこはルートちゃうぞ〜。こっちやで〜。でも、ともかくちょっとわしらが下を通過するまでそこにおってくれへんか?君がいるところは浮き石が多いから落とされたらかなんからなぁ。」と言われた。
うぅん、小屋から少し上がったくらいですでにルートが難しいっていうか、間違えやすい...。少々不安がよぎる。

上を見上げるとまた違うパーティが下りてきた。そのルートをしっかり頭にたたき込む。で、とりあえず今いる場所からは下りた。すると、スペインチーム、ポーランドチーム、あともう1パーティが下見に来ていた。スペインチームの数人が私がいた同じところを上がろうとするので、「ちゃうで、そこ。私もさっき、そこ上がっていってん。面白そうなルートやろ?すやけどちゃうねん。そこちゃうでって下りてきた人に言われてん。正規のルートはな、あそこをぐるっと回りこんで...」と説明してあげた。
そこからは私達は、それぞれのチームが行くのを半時間ほど見ていた。

15時半過ぎに下りて小屋にチェックイン。そしたらガイドレスで登ると言ったらパスポートを出せ、と言われて下りてきたら返すからね、と人質に取られてしまった。不安が残る...。

そして次の日。いよいよ頂上を目指す日となった。


← ガスで展望がまったくない状態のハイキング道をヘルンリ小屋まで歩く。












←小屋の裏に回ると晴れ間が広がる。北壁の取付に向かうクレバス帯














下見で登るスペインチームの人達
小屋前からモンテローザ方面
夕焼けに輝く山々が何とも言えないくらい美しい





マッターホルン 写真右側を登って
行くのがヘルンリ稜

2012年9月8日土曜日

マッターホルン登攀 その5

2012年8月15日(水) 晴
4日目 ブライトホルン、再び

5時に起き軽くご飯を食べ6時過ぎにアパートを出てロープウェイ駅に向う。天気がよくマッターホルンの先が朝日に照らされ赤く燃えていた。こんな山が見れるとは、と興奮気味だったが写真を撮り終わると顔が引きつっていることに気が付いた。自分でも分るくらいに引きつっている。この日の順応にも失敗したらどうしよう、その時は相方をどうするか?色々と考える。

この日は相方に先に行ってもらうことにした。コースタイム通りの時間で歩いてもらう。先日はコースタイムの半分の時間で頂上まで行って往復してしまったので今回はゆっくり行くことにする。

2日前と同じ様にこの日の朝も中高生達で混んでいた。2日前にもいた子を見たので1週間程滞在しているんだろう。だとしたらよほど裕福な家の子達なんだろな。

それはともかく。今までにない緊張感を感じながらロープウェイに乗り、マッターホルングレーシャーパラダイスのあるクラインホルンまで上がる。

2日前と同じ様にロープとアイゼンをすぐに着け歩き出す。「ゆっくり、ゆっくり...。」自分に言い聞かせる様にして歩く。

斜面の基部で休憩する。ここからが核心。ゆっくり、ゆっくり登って行く。片道1時間弱かけて頂上に到着。調子はすこぶるいい。が、ここを下りてからが問題となる。10分ほど休憩してこの日は登りと同じルートを下る。
晴れているが、雲が湧くのが2日前より早い。斜面と反対側に広がる雪原の向こうには、山ごと飲み込みそうな大きな雲がゆっくり動いている。日に日に天気が悪い方向へ向かっていることを感じる。山岳センターの人が言っていた、金曜は天気が悪くなるという言葉を思い出す。

マッターホルンにも雲がかかっている。とはいえ、今日も沢山の人が登っているんだろうなぁ。

下りもコースタイム通りゆっくり下る。ロープウェイ駅のトンネルでギアを外して町に戻る準備。この日はここまで戻って来ても頭痛がまったくない!おぉ、かなりいい感じ!食欲も多少あるが戻すのが怖いので行動食をそぉっと、少しづつ口に入れる。

この日は帰りもスキー合宿の子達と一緒になったのでロープウェイに乗るのに二巡待ち。でも標高の高い所にいればいる程いいので気長に待つ。

この日も一度乗り換えただけでツェルマットの街までノンストップで下りて行く。上がりは2回の乗り継ぎがあるのに。今、乗っているラインが朝と同じラインなのか違うのか、相方と2人、どうしても理解できない。ま、ええか。

そしてこの日は観光客も多くいた。インド系の人が多く、現地に住んでいるのかインドからの観光なのか分らないが日本にはない景気のよさを感じた。

ツェルマットまで下りてきた。頭痛は...なし!吐き気もなし!食欲あり!ということで順応成功。よかった。

いよいよ次の日に上がって2日後には頂上を目指す。2日後、頂上から下りてアパートに戻る時間が分らないので「登頂祝杯用」にビール、ワイン、チーズ、パン、生ハム、野菜などを買いに行く。その前に観光センターに寄って天気予報を確認する。土曜日まで晴れマークが並ぶ。これで、予定通り挑戦することが決まった。


← 前日にはこのオーバーガーベルホルンの山々が間近に見えるところまでハイキングに行っていたのだ。

ちょうど写真右下に見えるツェルマットの街の辺りから伸びている谷間を歩いていったのだけど。ちょっと小さい過ぎて分かりにくいかな。

2012年9月7日金曜日

マッターホルンヘルンリ稜登攀 その4


2012年8月14日(火) 晴れ
4日目 トリフトヒュッテハイキング

前日、夕食時には頭痛もほとんど消え、ご飯を食べれた。そして今後のことを話し合った。私としてはやはり最初に決めた計画通り、もう一度初めからなぞることを提案。
最初の計画  月曜 ハイキング
火曜 ブライトホルン 高度順応
水曜 ヘルンリ小屋まで
木曜 頂上狙い
金曜 予備日
土曜 予備日
日曜 移動日

こうなると、もう一度ブライトホルンに登らなくてはならない。というのもツェルマット周辺で比較的アプローチが容易で私が知ってる4000mというのがブライトホルンだからだ。
それに、私は必要であれば、その目的にかなっていれば、同じ山に登ることは別に苦にならない。一度登ったからもぉいいや、っていうのは、私個人あまり思わないのである。ま、今回は順応に失敗したからもっかい登らなくてはならないのだが。
が、相方は少々違う。一度登ったところにはあまり登りたくない、という感じ。気持ちは分かる。が、今回はもう一度登っていただかなくてはいけない。話をするが、彼女はどうも乗り気でない様子。

で、心理作戦に出た。おそらく私がここで元々の計画を「なぞる」ことに固執しブライトホルンに再度登ることを強く主張したら彼女は余計に違うところを登りたい、と主張するだろう。なので、さらりと3000m後半の高さの山の名前を2つほど言う。色々と彼女なりに考えている様子だがとりあえずそのうちの1つに決めた。ただ、それで高度順応になるのかどうか?彼女としても疑問があるようだ。私としては、まぁ、4000m以上に登りたいけれど、昨日はしんどかったけど一旦は登っているので、とりあえずどこかに登ったらなんとかなるかな。でもやっぱり4000mは越えておきたい、という考え。

しばらくして、彼女が言い出した。やっぱりブライトホルンに行きましょう、と。成功である。やはりここは3000m後半よりは4000m以上の山に登っている方が高度順応になる。

ということで、この日はハイキングで足慣らし、15日(水)はもう一度ブライトホルン、そして木曜と金曜でマッターホルンに挑戦する、ということになった。

この日はツェルマットからトリフトヒュッテを往復するルート。彼女の山岳会の方から借りたハイキングルート集に載っていたルートで、往復4時間と歩きごたえがあり、高度もそこそこ上がるコース。

朝は少し曇っていたがみるみる間に晴れていい天気に。
ルート本によると歩く日本人は少ないが現地のハイカーには人気の、お花がいっぱいのルートということである。ツェルマット北側の切り立った崖の上に立つエーデルワイスヒュッテ(借りていたアパートのベランダから正面上に見える)を通り、トリフト川沿いをトリフトヒュッテまで登る道だ。

ツェルマットの街の真ん中辺りから急坂を登り始めると老夫婦が数組歩いている。抜かして先を行く。民家やホテルの間を抜けると目の前に突然広がる草原。うわ、すごい。一気にアルプスの世界だ。そしてお花が咲いている。心が和む。

分岐で立派な道しるべが立つ。簡単に行き先と距離、所要時間が英語で書いている。まずはエーデルワイスヒュッテまで。アパートのベランダから見ているとどこをどうやって登って行くのか不思議だったが、そんなに急でもない普通の山道がついている。途中で岩登りの練習岩場があった。ペツルもちゃんと設置されていてギアがあったら登ってみたいなぁ。

そんな話をしながら進んでいくとエーデルワイスヒュッテに到着。
先ほど抜かした老夫婦は、岩場のところで追い越されすでのヒュッテのテラスの一番街側となる奥のテーブルに座って何か注文していた。ツェルマットのこじんまりとした街を眼下に見てのコーヒーとケーキもおいしいだろうなぁ。

ここからは一本道。道が続く通りに行けば迷うことはない。急な登りではないけれど結構歩きごたえのある道が続く。先を歩いていた若い女性2人に追いつく。右手の斜面から流れ出る小川の水を口に含んだりして、1人はすこしバテ気味だ。

10時15分頃、トリフトヒュッテに到着する。裏手は広がる草原。その奥にガーベルホルン氷河が見える。氷河の奥にそびえるガーベルホルンなどの山々。時々雲がかかってピークが見え隠れするがかっこいい山だ。

先ほどの2人の女性は、先に到着して草むら横に座って休憩していた2人と合流した。どうやら仲間のようだ。ちょっと休憩すると4人で小屋の北側の斜めに上がるルートに向かって歩き出した。ルートの先は斜面の上で向こう側につながっているようだ。どこに行くんだろう?

小屋の正面には昨日登ってたたきのめされたブライトホルンからゴルナーグラード方面の稜線が見える。綺麗やなぁ。大きいなぁ。広いなぁ。

20分ほど小屋の前でゆっくりして登ってきたルートを下りることにする。すると、登ってくる人が続々。あら、静かな山道と思っていたら結構登ってくる人達がいるんだぁ。

下り始めようとすると、ガイドさんかな?小屋の人かな?が話しかけてきてくれて、先ほど4人が進んだあの斜面のルートを行くとマッターホルンを正面に見ながら歩けるルートがあるよ。行ってみたら?あと、プラス5時間位でぐるぅっと歩いてツェルマットに下りることができるよ、と教えてくれた。おぉ、なんだか魅力的なそそられるルートだわ。でも、そのコースはガイドブックには載っていなかったのでここまでの往復分の水と行動食しか持っていなかったので、ありがとう、とだけ言って下り始めた。

途中でアイゼン、ロープ、冬靴を担いで登ってくる体躯のいい男性達何人もとすれ違う。どこに行くんだろう?トリフトヒュッテから奥のガーベルホルンの方へ行くのかな?どこ行くの?と聞いてみたいけれど、特に目が合うわけでもなく挨拶もないので聞きそびれた。

この日は無事、ハイキング終了。立てた計画を1つ1つこなすという行程がやっぱり安心するし楽しめる。

エーデルワイスヒュッテの前に植わっていたエーデルワイス。帰国してから知ったが、最近は自生のものが少なくなっているらしい。
そういえば、道端ではほとんど見なかった。