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2025年11月3日月曜日

またまた熊の話です

前回熊について書いた時はまだそんなに熊が町中に現れるとか、人を襲うということにはなっていませんでしたが、ここ2週間ほどほとんど毎日熊が目撃されたり、人が襲われたりというニュースが続いています。

なぜ熊が人の多い町に出てくるのか?里山という、人と熊との間の緩衝地帯がなくなったとか、餌のどんぐりが少なくなったとか言われて久しいですが、そないに毎年どんぐり不作?っていうか、誰かデータ採ったりしてるんですかね?流通する野菜のように。
うちの近所、めちゃくちゃどんぐり落ちてますが。栗も。

そんな中、私が思っていたことをドンピシャに述べてらっしゃる記事を読みました。
ヤフーに掲載されていたダイアモンドオンラインの記事です。

記事の最後の方「クマ対策として真っ先に 駆除すべき動物とは?」との小見出しに書かれています。

そうなんですよ。鹿。正直、私、奈良県生まれ奈良県育ちですが鹿に愛着はない。
以前勤めてた会社で「カワイイ」といって鹿を溺愛(?)してる人がおり「そうですか〜?」と「かわいい」の反対を言おうもんならエラく睨みつけられた、はたまたおめぇは人じゃねぇ、みたいな反応をもらいましたが、「カワイイ〜!と思うこと」イコール「動物愛護」ではないと思うんですが。

山登りを始めてからますます鹿を嫌うようになりました。夜、登山口へ向かっていると突然飛び出す。衝突すると車、大破損しますからね。
あとは「ヒル」ですわ。あの気持ちの悪い、血を吸うだけの生き物。何かしらの存在意義があってこの世にいると思うんですが、あれは意味不明生物。血を吸われたら止まらない。その後かゆみが続く痕が残る。新陳代謝がますます遅くなる年頃にヒルに襲われたら迷惑千万この上ない。で、なんで鹿につながるかというと、ヒルって鹿の血を吸うて、その爪の間にいて鹿の移動に便乗して里山や田畑に広がってさらに被害広がるという状況。ヒルなんちゅうもんを運んでる鹿が憎い。

そして別の、鹿が及ぼす被害、というか負の話。以前、NHKの「ダーウィンが来た!」で見たのですが、石川県の白山の南側に山毛欅尾山(ぶなおやま)という山がありますが、ここは天然記念物ニホンカモシカの生息地。そのニホンカモシカが鹿に追いやられて生息範囲が狭まっているとのこと。カモシカの餌となる若葉や木の新芽をとにかく冬の間寒かろうが何だろうか掘り起こして食い散らかす。カモシカが対峙しようとすると、大きな角で向かうもんだからカモシカは引き下がるしかないという。

話があっちこちに飛んだ感じですが、言いたいのは熊だけが悪いのではなく、熊の行動が何でそうなってるか根本的な原因を考えて対策を取るべきでないかと思うということです。

ハンターさんが銃を持って出動するっていう映像が、銃に馴染みのない日本人にとって珍しい映像、銃を持って人が動くというのがなんというか、視聴率が上がるからか、そういう映像ばっかり流してるけど、そこか?本質は?ハンターさんの日当が安いというのも問題だけど、日当が高くなったら熊が処分されて個体数が少なるのか?そこじゃぁないだろう?と思う今日この頃です。

まぁ、あとひと月もしたらみな興味なくすだろうからテレビでも取り上げなくなるんだろうなー。

2025年9月9日火曜日

熊について もうひとつ

前回、書き忘れたことが。
北海道に行く時、熊スプレーを持っていくべきかどうかダンさんと議論になりました。
結果、持っていかなかったんですが。その理由として...

値段が高い
2年前当時で確か1本6,000円以上したと思います。アメリカ製のものは1万円以上とか。

使い方が難しい 値段だけで却下するのはどうかと思い、一応使用方法を勉強しました。今は便利ですね。動画で見ることができるので実際どのくらい噴射したらスプレーが飛ぶのか見ることができる。
で、使う場合は、熊との距離が近い。4mとか5mくらいの近さ。安全ロックを外して、プシュ〜っとノズルを引くって、ヒグマでしょ?ま、ツキノワグマであっても怖いんですが、北海道に限定して話をすると、ヒグマでしょ?でかいですよ。マジで。そのヒグマが、例えば、例えば、とっても温厚なヒグマだとしましょう。ゆ〜っくりのっそのっそと近づいてくる個体だったとして。...だったとしてもヒグマですよ。4mいや、1m譲って5mの近さに来るまで噴射するの我慢できるか?って。10m先にいるのを見つけて、落ち着いてロック解除して、5mの近さに来るまで(のっそのっそとゆ〜っくり、という条件で)我慢できるかなぁ。怖いよ〜、絶対怖いって。しかも風向きも考えなくてはいけないという。そんな。熊は風向き考えて向かってきませんよ。

非現実的。

値段が高いのと非現実的ということで持って行くのやめました。

でも実際に持ってる人を見たことあるんです。2009年にアメリカのイエローストーン国立公園へバックカントリーハイキングに行った時。

カップルの女性の方が(男性も持っていたかも。見えなかった)腰にホルスターを付けて熊スプレー缶を持ってたのを。それを見て父ちゃんが「熊スプレー持ってはるわ。」と言ったんですが、今思えば、父ちゃん不安を感じたんでしょうかね?

イエローストーンでは三座登ったんですが、山の麓のテントサイトでは結局、熊に会うことはありませんでした。そういえば、白人の親子が川で魚釣りをしてて、私たちが川にかかった橋を渡る時に挨拶するとギョッとされたなぁ。熊にあった訳じゃあるまいし。イエローストーンの山奥にだってアジア人はいるだろうよ。そんなに驚かなくっても、って。

ちょっと熊について話をしたかったので書いてみました。

私が山で会いたくないものトップ3は、1.クマ、2.雷、3.スズメバチ、です。雷には数年前の中央アルプス縦走中に稜線でどかーんとすぐそこで落ちた、鳴った、経験がありますが、やっぱり生きた心地しなかった。スズメバチはいつも行く岩場にいるのですが、これまたジッとしてればなんとかなるので、最近は対処方法が分かってきました。とはいえ大群だと恐ろしいですが。あとはクマ。クマさんだけには絶対に会いたくないなぁ。

2025年9月7日日曜日

熊について

基本的に、山行についての記録を書いてますが、先月北海道の羅臼岳で起こったヒグマによって登山者が死亡したり、本州でツキノワグマによって怪我するなどの事故が頻発していて、なんとなく自分の思うところを書いてみようと思いました。

特に北海道について書きます。

私が初めて北海道の山に行ったのは、2015年8月末から2週間ほどの間。父ちゃんの百名山踏破計画の中で、幌尻岳とトムラウシ山に行きました。当時はなんでしょうね、ほとんど熊に対する警戒感がなかったです。父ちゃんがそれまでに数回北海道へ行ってたので、なんでしょう。なんか...大丈夫と思ってたんでしょう。対策を考えた記憶がほぼありません。とはいえ。

幌尻岳へ行く悪名高い北電林道で、こんなものが落ちてました。


クマのうんこです。時間は午前9時半。まだ乾き切ってないうんこです。この日の早朝に落としたのか、前日だったのか?そこまでちょっと分かりませんが、そこそこ広い林道のど真ん中でうんちするんだ〜、くらいしか思いませんでした。でもその量がすごい。私の足が25センチとどでかいので、量がわかってもらえるかと。

トムラウシ山の時はうんこなど見ませんでしたが、9月頭の平日ということで、百名山とはいえ人がほとんどおらず、私たち2人と後から4人くらいだったかのガイドさんが引率したグループがいたくらいで、今か考えるとよく熊に出会わなかったな、と思います。

次に北海道へ行ったのは2年前、2023年の5月末から6月半ばまでの2週間。道北から道東へ。
この時はかなり熊対策を考えました。利尻島と礼文島にはいないだろうと思ってましたが、調べてみると、2008年くらいだったかな。利尻島に熊が現れたことがあったようです。泳いで行ったのか?こっそりフェリーに乗り込んだのか?この後は、目撃情報はないようです。

利尻と礼文の後は、網走、知床、根室、阿寒と周りましたが、一番真剣に考えたのは、やはり羅臼でした。

羅臼に登るにはルートが2つあります。今回事故が起こった斜里町側からと反対側からの羅臼町側からと。調べてみると、斜里町側の国道や普通の道で熊の目撃情報が多いと分かりました。それと、宿泊予算が斜里町より羅臼町の方が合っていた、という金銭的理由もあり羅臼側から登ることにしました。とはいえ、宿泊したライダースハウスが「民宿 熊の入った家」なんですが。羅臼町側でも熊が出るには出ると。

で、熊対策として私たちが持って行ったのは火薬鉄砲です。おもちゃのピストルに音が鳴る玉がわりのものをセットしてパンパン鳴るヤツです。熊鈴も持って行きましたが、山中では鈴よりこちらの音の方がよく広がる(聞こえる)という理由です。


話はさかのぼりますが、私が山を始めて間もない頃、1人で奈良県と三重県の境の山に登りに行きました。当時はとにかく登山の経験を積みたかったので1人ででも行ってやろう、と意気込んでました。登山口で車中泊し、翌朝、林業のおじいちゃんがやってきました。愛犬と一緒です。挨拶して話をしたら「熊出るよ」と。「鈴なんてあかんよ。(熊に)聞こえへんもん」と。「爆竹。爆竹が一番いいよ。音大きいしよぉ響くし」と言いながら愛犬と山の中へ。登山口から少し入ったところで、爆竹に火をつけて落とすと「パ〜〜〜ン!」っと響く音。

この話を思い出して爆竹を持って行こうとダンさんと話をしたのですが、おじさんと違って登山中、火をつけるのにいちいち立ち止まってると進みません。また、風があるとライターの火が消えてしまうこともあるでしょう。

で、火薬鉄砲にしたわけです。これなら、腰ベルトのところに差しておき、熊と出合いそうなカーブの手前ですかさず鳴らせばいいのです。
これが功を奏したのか分かりませんが熊に会うことも遠目で熊を見ることもありませんでした。

先月の事故で殺処分された親熊があの辺りで生まれて育っていたのなら、2年前にもいたはずです。本当に会わなくてよかったです。

今回の事故で思ったのが、二人組で歩いていてどうして離れたのかな?200mって結構離れてしまってる。あと、トレランの人じゃなかったらしいですが、襲われた人はどうして走ってたのかな?あとは、カーブの辺りで襲われたということですが、熊もいきなり人が出てきて驚いたのだろうと推測します。
報道を見てると、どうも人慣れした熊=人を襲う熊、のようにいわれてますがこれはイコールじゃないと思います。人慣れしてようがしてまいが、先が見えないカーブで突然別の生き物が現れたら、それが人だろうが鹿だろうが他の熊だろうが、驚いて攻撃するのは動物の本能ではなかろうか?
また、人慣れしてようがしてまいが、人が食べ物を持ってると認識した時点で熊は人に近づくのでは?神戸市内のイノシシがそうだろう。人を襲おうと思ってなくても、人が持ってる買い物袋を食べ物が入ってると学習していて袋だけ奪おうとしたり。

「かわいそう」という一言で殺処分を非難する人もいるようですが、「かわいそう」というのは愛護精神とは大きくかけ離れていると思っています。熊は一度襲ったものを再度襲う学習能力があるので、そうであれば人に対して危害を与えるの可能性があるので殺処分をするのであって、なんでもかんでも「かわいそうだから」という理由で放置するのは違うと思う。誤解されるような書き方をしますが、学校で習った「生態系ピラミッド」というのがありますが、あれを守ることができるのは「人」だけだと思っています。大量に捕獲して絶滅させることができるのも、自然界の動物個体数のバランスを保つ知恵と手段を持っているのも「人」だけです。
これ以上書くととりとめがつかなくなるな。話があっちへ行ったりこっちへ行ったりする。
今日はここらでやめとこう。お腹空いてきたし。

2025年7月14日月曜日

ブルーインパルス見に行ってきた

2025年7月12日(土)

関西万博開幕当日に雨天で飛行できなかったブルーインパルスが再度、大阪の空を飛ぶというニュース。ブルーインパルスと聞いて思い出すのは、数年前の東京五輪の時に飛んだというくらい。
4月時点でもそないに興味が湧いてなかったが、再度飛行するということでなぜかこれは見とかな、と思いさてどこで見るのがいいか?どこで見ることができるか考えた。

都合があり朝から動くことはできないので、大阪方面、大阪市内は無理。万博会場?すでに4回行って、とりあえずこれ以上は入場する予定ないし、土曜日&日曜やろ?ものすごい人手のはずなので、これまたパス。

ということで山屋の本領発揮。六甲山。これなら昼過ぎから動いても間に合う。
ではどこで?真っ先に浮かんだのが風吹岩周辺。でも間に合わないので、宝塚の塩尾寺付近の見晴らしのいいところに決めた。
過去に何度も通過してる場所で、特にここからの夜景はきれいで半縦した後のご褒美に写真を撮っていた。どこからどこまで見渡せるか写真で確認してかなりいい場所であると確信。

午後2時40分ごろに関空を離陸とあったが、現地に着いたのは1時間前。早すぎたと思いきや、すでに先客が一人。しかもすんごい大きいカメラレンズを持ってはって、三脚で固定してるという。ひょっとしてブルーインパルスですか?と聞くとにこっと笑顔ではいそうです、と。
聞けば、航空自衛隊機が好きで、日本中の航空ショーなどに行かれているという。
色々と話を聞けて楽しかったです。勉強にもなりました。

ただ万博には行かれてないということで、万博会場が見えてるのに気づかれてなかった。
写真(↓)の丸の中に見える赤いのが「吉本パビリオン」だった。カメラの望遠レンズがすごいから、吉本かシンガポールかで不明だったのが、一発で判明。すごいわ、大きなレンズ📸

ってことで、目の前を右から左、左から右、と時々スモークを出しながら飛ぶ編隊はすごかった。市内で頭上をびゅーんと行くのもすごいやろうけど、その飛行全体を見れたのはよかった。ただ、万博会場の上で何かを描いているのは、水平から見てるのでいまいち分からんかった💦これは仕方ないか...

青丸印が万博会場の夢洲(ユメシマって読まれへん)
赤い点が吉本のパビリオン

千里中央あたりの上空

万博会場上空で三角のフォーメーション
映画で見るようなヤツや!

待っていると、六甲山ハイキングやトレランを終了した人が、「そういうことなら僕らも」と言って時間待ちする人が増えて、結局20人くらいの人が観覧した。
知らない人同士がこういうイベントをきっかけに、会話をして、一瞬でも盛り上がるのは楽しい。

2025年7月13日日曜日

関西万博その3

2025年7月1日(火)

関西万博3回目。

通期パスを買っているのか?と言われますが、買ってません。計算したら、通期パスを買っても元を取るほど回数行かないという結論。で、今回3回目。

前回と違ってピーカン晴れ。一番暑いのが、開場を待ってる1時間半。日傘差そうが、何しようが汗が滝のように流れる。ひたすら我慢...。

開場してドイツ館へ。並ぶんやろうなぁと思ってたら並ばす入場。奇跡だ。
ドイツ館ではこの人形を持って回る。かいらしい。

次に隣のルクセンブルク館へ。
こんな映像体験をする。ルクセンブルクの後はいまんとこ並ぶ時間ゼロ〜って言うてた韓国館へ。なぜか映像を延々見せられて終わり。はっきり言うといまいち。

コモンズFへ。ここでもほぼその国の紹介映像を見て終わり。次に行ったのが「大阪ヘルスケア」iPS細胞で作った心筋細胞。実際に動いていて驚き&感動。

ここでは人間洗濯機のデモンストレーションも見ることができた。
「ミラブル」のお風呂。でも一回で300リットル以上のお湯を使う
=家族3人やったら900リットルってもったいなくない?

いよいよお腹ぺこぺこなんで、マーケットプレイス西2階にあるPanafrica=Panafへ。
ちょうど1時だったので、アフリカンミュージックのライブ演奏。
だんさんはサラダとシチューのセット
カレーではなく、シチューすなわち煮込み料理
飲み物は植物のバオバブのジュース

私はサンドイッチを ここに来てサンドイッチ?
ビール(マダガスカルバニラエール)はあっさりおいしかった

午後から通期パスを持ってる岳友と合流してスペイン館、エジプト館、サウジアラビア館にインド館とあっちこっち入る。この日は空いててあまり並ばずに入れたのは本当にラッキーだった。

夜はシグニチャーパビリオンに入ることができた。終わったところで、ドローンショウをちょっと見ることができた。
スポンサーの紹介のところしか撮影できず

お腹すいたので、あんみつとか販売してるレストランでぬるい中華冷麺とビールを食べる。午後7時以降ビール半額とあったので、つられて入ってしまった。
そしてなぜか、そこの畳椅子のヘリが「くまモン」だった(↓)

帰りはバス乗り継ぎ。最近便利と知られたのか、バスを利用する人が多くなってきた。この日も結局最終便になってしまった。けど乗れてよかった。帰ると日付変更線またぐギリギリの時間。この年になってこんな夜遅くまで出歩くことになるとは思ってもみなかった。
帰ってすぐに寝るかと思いきや、なんだかんだと興奮していて寝付けないのでまた晩酌。とほほ。



2025年6月21日土曜日

薪割り

山の師匠から声がかかった。岐阜県は高山市。師匠の知り合いの家に薪割りに行かないか?と。10月には新米20キロもらえるぞ、という驚きの報酬につられてだんさんと二人行ってきた。

私は十数年前、登山の帰りにこの方のお宅に滞在したことがある。が、ご本人は覚えておられず。それもそのはず、その時は勤務先の夜勤とかでほとんどお会いしていなかった。
当時は年末年始の山行後だったので、つきたてのお餅をいただいて帰宅した。つきたてのお餅はとても美味しかったが、とてつもない大きさの(量の)お餅だったので、食べ切るのにちょっと苦労した。

さて。夜中にお宅に忍び込んで(?)、朝起きると豪華な朝食。これからの作業が大変そうなのがなんとなく分かってきた。シャリバテしないようにたくさんいただく。


準備をして開始。この日薪にする丸太はこんだけ
丸太を暖炉に入る長さに切っていき、それを私とだんさんが細く切っていく。

マサカリで切るのかと思いきや、外国製の薪割りマシーンがあってそれで切っていくけど、なかなかさっさと作業を進めることができない。
薪割りマシーン

薪割り初挑戦の私

だんさんも挑戦

10時から開始して目標の5時までになんとか全て切り終えた。

翌朝は、薪を所定の場所へ積んでいく作業

早朝の散歩時に、きっちりとすき間なく薪を積んでいるお家を見たけど、特にそういうリクエストもなかったので、どんどん積んでいく。時間があればご近所みたいにきれいに積み上げたいところだが。時間の問題もあるが、この日は梅雨の合間の猛暑日。暑さとの戦いでもあった。

上の写真にある場所に積んだ薪はおよそひと月分らしい。ここに入りきらない分は、裏庭の置き場所へ。裏庭へは一輪車で運ぶ。一輪車を使うというのも滅多にないので楽しみにしていただが、前日の夜、お酒の飲み方が悪かったのかエライ二日酔い。なので、運ばれてきた薪を積んでいくだけの働きしかできず。

そして昼前に完了 薪がきれいになくなった納屋
薪割りマシーンやらおがくずを片付けて終了。

秋に新米がいただけるとのことだったが、去年収穫のお米をいただいた。うっほほ〜。このご時世、ほんとありがたい。籾をつけたまま保存されていたので、山の向こうの精米所まで精米に行った。精米機もいろんな種類があるようだ。
籾がついたままのものを精米できる機器でないとダメらしい。
そう思うと、今回の一連の米不足、米価高騰で、お米って簡単に手に入るものだと思っていたが商品にするまでの行程が長いなど、ちょっとした勉強になった。

帰るまでに車に入れていたら、お米が炊けてしまう(要は日射熱で傷んでしまう)ので車の窓を開けておくようにと言われた。
ここでもお米がデリケートな食物ということにも気付かされた。

帰宅した翌日早速炊いてみた。うーん、おいしい🍚 幸せだ。

2025年3月1日土曜日

山行記録

山行の記録はこちらで...

SNSがますます盛んなご時世。広告収入が少ないとかいう理由で、そのうち、このGoogleの無料ブログサービスも終了になりそうだな。

2024年8月4日日曜日

ブログの潮時か

ブログを続けて15年くらい?
フェイスブックとかインスタグラムとかSNSが爆発的に流行しだして10年くらい?長い文章を読むのがおっくうになる人が多いようで、このブログもほとんど読んでくれる人が少なくなって。

写真をブログ用に編集してアップロードするのもなかなか大変で。自由にレイアウトを決められる反面、一定のレイアウトにするのも大変で。

ということで、今後は「ヤマケイオンライン」の登山記録のページを使わせてもらって記録をアップすることにしました。

先日行った大台ヶ原の記録はこのリンクから。

登山計画を立てる時にはよく使ってますが、山行記録で使ったのは初めて。いやぁ、楽ですわ。けど、使い出すならもっと、なんていうか年の初めとか、なんかでっかい山行した記録から始めたらよかったな、と思いつつ。

今後はヤマケイの登山記録で登山の思い出を書きたいと思います。

こちらはこのまま、この更新でフェードアウトかな。

2024年4月3日水曜日

山行きたい...

最終更新からひと月。色々と用事があって山に行けてない。その上、急に暖かかく(というより)暑くなって薄着してたら風邪をひいてしまった。

あぁ、山歩きに行きたい...

2023年8月2日水曜日

新しい靴

3年ほど前に買ったハイキングシューズがダメになったので、新しい靴を半月ほど前に購入。足慣らしで歩きに行きたいと思いつつ、この猛暑。無理。外に出るの、無理。
でもそんなことを言っていていざ使うとなって足に合わないとかってなったらだめなので、暑さ覚悟でほぼ始発の電車に乗って六甲へ。

新神戸駅から市ケ原の往復。約2時間。
三宮駅から地下鉄へ向かう階段のところにあったマンホール。初めて気がついた。



地下鉄で一駅。あぁ、家にいるより涼しい。電車の中も駅の中も。

歩き出しは涼しかった。靴の履き心地もなかなかよい。


布引滝の雄滝。もちろん水はありましたが、しっかり雨が降っていないせいか、かなり少なめ。あぁ、滝壺に飛び込みたい。

片道1時間ほどで市ケ原に到着。8時前。お店はまだ営業しておらず。かき氷かアイスクリームなど冷たいもんがあれば食べたかったのだけど。残念。
10分ほど休憩して新神戸駅へ向かって下りる。この時間になると登ってくる人がたくさん!いやぁ、すでに暑いのにご苦労様です!

でも、山の上は町よりも涼しかった。

大きなザックを担いだ人が下りてったけど、涼しいところでテントで一泊するっちゅうのもいいよね。トイレもあるし。

新神戸駅の1階にこんな場所が設けられていました。「トレイルステーション神戸」という名称。ちらっと見ましたが、トレッキングシューズとポール(だったかな?)のレンタルとちょっとした登山道具を販売してました。カウンターにいる方がこの日の担当みたいで、立ち寄った人に声をかけてらっしゃいました。

色々と六甲登山に関する情報がもらえるんだと思います。


新調した靴はこれ。


足幅が広い私なんで、ちょっと横向きのキツさを感じましたが、すぐに足に馴染んでくるでしょう。帰る頃には痛さは消えていました。おっと、ブランドが記載されてないですね。「サロモン」です。石井スポーツで購入しました。
これから数年、履き倒すことになるでしょう。色々登りに行くぞ⛰️

2023年3月16日木曜日

八ヶ岳のカモシー

権現1日目の記録、2枚目の写真でカモシーの看板が、と書きましたが、何がカモシーか?写真から知ることができません。
このしゃもじのような、炉端焼きで料理を乗っけって差し出す先っちょのような板を裏返すと...


こんな可愛い絵が書いてあるんです。「山」の字が赤いんですが、少し薄くなってますが「山なめんなよ」という注意喚起。ちなみに2021年9月21日と日時の記載がありました。コロナ真っ最中に登りに来たんだね、と1年半ほど前はまだまだ外出制限だ、なんだとうるさかったなぁ(あ、少し毒のある言い方?)と思い出す。

カモシーの作者ってどなたなんだろう?一般道はどうか知らんが、結構なバリエーションエリアでよく見るんですよね〜。作者さん自身、なんかすごい山屋さんなんだろなー。

権現東稜記録 その1はこちら
権現東稜記録 その2はこちら

2022年10月9日日曜日

番外編 越百小屋情報

すっかり季節は秋。今日は3連休の中日ですが、冷たい雨が降っています。
多くの山小屋は、営業終了の時期ですね。夏の山行を思い返しながら、終わってみると夏山の季節はあっという間だなぁ、なんて山の上に想いをはせたりするわけですが。

さて、先日お世話になった越百小屋。仙涯嶺に行く前に予算を立てますが、なかなか新しい情報がなくて苦戦したので、来年の参考になれば、と2022年9月現在の情報をお伝えしたいと思います。

宿泊料金はこちら。


ソフトドリンクの品揃えと金額はこちら 1本400円
アルコールの写真を撮り忘れましたが、エビスとアサヒ、菊水の日本酒の缶、それぞれ700円でした。あと、ウィスキー、焼酎などもありました。こちらはグラスでいくら、で販売されていたようですが、すいません、値段は確認しませんでした。

お水は登山道の途中にある水場で取って、持ち上げる必要があります。

トイレはとても綺麗でした✨先月行った南アルプスの大門沢小屋のトイレは、入るのにすっごく勇気がいりましたが、越百小屋のトイレは入るのるんるん♪でした。

室内もとても綺麗にされていて、ご飯の際のランチョンマットなど街のカフェにいるような感じで居心地がとてもよかったです。

大きい小屋ではないですが、手入れが行き届いたとても居心地の良い山小屋でした。リピーターが多いというのもうなずけました。


2022年8月20日土曜日

山のやっかいな動物

先日、六甲でアブがすごかった、と書きましたが、「ヤマケイオンライン」で山でのアブを含む危険動物について書いたページがあったな、と思い読んでいると「毒ヘビ」のページがあった。
一応、蛇についても読んでおこうかと読み進めると名前だけは知ってる「ヤマカガシ」(ヤマガカシ、と思っていた)の絵が出ていた。見てびっくり。去年の9月末に行った栂海新道縦走で、最後の方「入道山」を過ぎて日本海も見えてきたところ、登山道脇の草むらに蛇を見つけた。小さいつぶらな目をして可愛らしいので写真を撮ったのだけど...「ヤマカガシ」だった〜‼︎体の模様もそれまで見たことのないカラフルのもので珍しいと思ったけど...。

写真がこれ。分かりやすいように赤丸つけました。
山の動物、嫌いではないので過剰に怖がることはしないのですが、反対に簡単に触ろうともしないのですがあの蛇がヤマカガシだったとは!必要以上に近寄らなくてよかったです、と10ヶ月も経って言うことちゃうけど。

アブ、ハチ、ブヨ、ハエ(これは害ないけど)、蚊など飛んで吸血する虫はほんまにやっかいで嫌いです。なぜかまぶたを刺そうとするのが多い。実際、過去に瞼を刺され腫れて視野が狭い中、歩きを続けたという経験があります。この時、役に立ったのがパッチタイプの痒み止め。(子供に人気のキャラクターが書いてあるものや透明のもの)。液体痒み止めだとまぶたに塗ったらエライことになりますが、貼るタイプだと目に浸まないし、マメに取り替えると腫れが抑えられ、また歩くのに集中できてよいです。掻きこわしすることもないですし。

刺されるのを防ぐのに虫除けネットも有効です。黒色のものが多いので、少し暗い森の中などを歩くとちょっと見づらくなりますが、ネットのシワが目の前だけ少なくなるよう、頭の後ろに布を集めてクリップなどで挟むとよいと思います。

そろそろ9月ですが、日中は山でも晴れれば暑かったり、湿気がこもる場所があります。ネットなどはそないに重たいものではないので、くしゃくしゃっと丸めて雨蓋やザックのウエストにあるポケットなどに入れておくとさっと取り出せていいんではないでしょうか。

2022年8月18日木曜日

膝痛について

膝痛を患ってから結構長い。一番最初は、結婚してスキーを始め、ちょっと上手くなってきたところで右膝をひねってしまい(おそらく)内側側副靭帯を痛めてしまったのが始まり。

次に5年ほど前、アイスクライミングに行った後ひどく腫れた。氷面への蹴り込みをし過ぎたのか右膝がエラく腫れてしまった。

いずれも3週間ほど我慢していたが、腫れがひかないので近所の整形外科へ行き、レントゲンを撮ってもらって湿布(今では市販されているロキソニン)を処方してもらい、さらに数週間安静にして痛みが消える、という状態。

去年。久しぶりにあっちへこっちへ行った結果、年末に膝痛がひどくなり、この時は溜まっている水の量が多い、ということで人生初めて水を抜いた。その時の注射がほんっっっとうに痛かった。痛い、とは噂に聞いていたが想像を超えた痛さだった。

調子も良くなってきた今年3月。中アに行った時、懸垂下降の最中に今度は両足の膝をやってしまった。ロープが流れてずれた瞬間、壁に突っ張った足のアイゼンが雪面に食い込んで固定された状態で上体だけがずれ(落ち)た瞬間、両膝がおかしな方向を向いた直後、激痛が走った、としか思い出せない。
この後、本当にもぉ、今後は山に登るのは無理かも、と思った。

でも他にやることないんでね〜。山に行く以外。で、登山による膝痛に関する本をじっくり読むところから始めた。

ストレッチから始め痛くない程度に筋トレも。痛いから、と動かさないと余計に悪いということだ。

ところが先月ヘク谷へ行った後、再度発症。おそらく沢用のタイツがよくなかったのだと思う。濡れて肌に張り付き、膝周りに余裕がなくなり、膝周辺が固定された状態=膝の伸び縮みができない状態で歩き続きたのがよくなかった、と自己判断。

今回は違う整形外科に行ってみた。

診断は水は溜まっているが抜くほどでもない。問診票に「湿布は欲しいですか?」と書いてあったので「はい」にチェックを入れたのに「湿布で痛みが取れることはない」という先生(ほんまか?)。開業してまだ数年の病院なので、レントゲン機器は最新のものなんだろう。以前の病院のレントゲンでは映っていなかった、膝関節変形症の際に現れる棘が見えた。それに関してもこちらから「膝関節なんとか変形みたいなんでしょうか?」と聞いてやっと「あぁ、そうですね。変形症ですね」と言われた。
「防已黄耆湯(ぼういおうぎとう)」という漢方薬を2週間分処方され「2週間経ったらまた来てください」と言われたが、2週間も経てば薬を飲まずとも腫れはひくだろう。
とりあえずもったいないので、不味いのをがまんして飲んだが、並行してストレッチなど体操もしていたので果たして薬が効いたのかどうかは不明。

先のブログにも書いたように六甲へ登りに行き足慣らしをしてから少しづつ良くなっているのを感じる。登山のトレーニングは登山から、とはよく言われるがその通りだと思う。

良くなってきたら、ついつい毎日のストレッチを怠りがちになるのが私の悪いところだが、5年先、10年先(まで生きれるかどうか自信がないが)のことを考えて、若い時と違って日頃のメンテナスから大事だと思い、こなすように気をつけている。

年を取ることによって本当に体って衰えるんだわ、と実感する今日この頃。ついこないだまで、会社へ行くギリギリまで寝て、ば!っと起きてぱぱっと着替えて出社していたのに、ストレッチをしないと起きても体の動きが悪くなるとは...。自分だけは大丈夫、と思っていたわけではないが、もぉそんな年齢なのか、と月日が経つのはあっという間だな、と。

今回、参考にした本はこの2冊。あと、父ちゃんから「山と渓谷」2021年3月号を借りてきて読む予定。付録の「トレッキングポールの使い方」がふむふむと為になるgoodな内容。
どちらも「山と渓谷社」出版。本によって内容が異なることがありますが、数冊読んで、自分に合ったトレーニング法やポイントを選択するのがいいと思います。痛みの度合いや痛い場所など個人差があるものですから...。




2022年3月29日火曜日

2022年冬山総括

長いこと更新していませんでしたが、3月も終わりを前にしてこの冬の総括を書きたいと思います。

1月の末に八ヶ岳へアイスクライミングへ出かけ、2月の2週目に甲斐駒ヶ岳へ行きました。冬の南アルプスなんて興味ない、と言う人もいますが、私としてはただでさえ長丁場の南アルプスに冬に登るというのはかなりの体力と覚悟がいると思っております。

さて、冬に甲斐駒ヶ岳へ登るには黒戸尾根がよく使われます。体力がものすごくある人は戸台から入り戸台川を遡り、北沢峠から頂上往復し、再び戸台川沿いを下るというルートや、同じく戸台から入山し鋸岳から甲斐駒ヶ岳を目指す、というルートを選ばれてもいいでしょう。

で、私たちは黒戸尾根の往復ルートで。大荒れになった週明けでした。天気はよかったですが入山日は強風。めちゃくちゃ寒かった。雪がたっぷりある中、七丈小屋まで行ったのですが私は登りながら足に違和感を覚えておりました。

両足の踵がしもやけになっており、出発する数日前に気づいておりましたがこのしもやけが本番で靴擦れとなって牙を剥き、両足の踵にひびく痛みをこらえて小屋に到着したもののジンジンジン。靴擦れ防止テープを両足に貼り、その上から絆創膏を数枚重ねてクッションにしましたが、翌朝、ズキズキ痛むのをこらえて登るのが辛くて辛くて。天気良く、無風、八合目手前まで登り摩利支天も見えている。頂上もおそらくあの向こうだろうという稜線もくっきり見えている、というところで小さいギャップを渡る場面。左側に雪庇ができておりハズが先に渡ってトレースをつけてくれたが、一歩踏み出すごとに(特に登り)足に痛みが走る。痛みをこらえて一歩踏み出す。が、足の置き方が悪かったのかずてっと滑ってしまった。「うわうわうわ」右はすこーんと切れ落ちている。
ここでびびってしまった。こらえきれないズキズキに集中力が持っていかれる。断念。
この靴擦れのため、数週間山に行かず。それなら、とスキーの練習をすることに。

スキー靴を履いても踵が痛まないことを確認し、3月頭、甲斐駒再挑戦。ところが...。治りかけの靴擦れが再びめくれ出す。靴は10年くらい履いてるものなのに。そしてしもやけも治っているのに。絆創膏を貼って保護しても、1つ目の祠があるところでやばい痛さ。このまま登って小屋まで行けたとしてもおそらくまたひと月前と同じことの繰り返し。ならもうここで下ろうと決めて下山。

そして3月の3連休。ひょん
なことからアルパイン講習の講師をすることになった私たち夫婦。生徒(?)のKさんと冬の登山に挑戦しようと中央アルプスの宝剣岳へ。千畳敷ホテルから極楽平へ登り、そこから宝剣岳へ縦走し宝剣山荘でテント泊。翌日は千畳敷カールへ下り雪上訓練をして下山、という計画。
極楽平までトレースのない中、ハズが先頭を行きトーレスをつけてくれ、順調に登る。極楽平からやや危険な場所を歩いていくが今年は雪が多いせいか、以前来た時にはロープなしで下りることができた場所で懸垂下降することに。私が最初に下りたが、下り始めでロープが急に伸び、この衝撃で両足がとんでもない方向にぐにゃっと曲がった。気がついたらほぼ逆さまにぶら下がっている状態で膝に激痛。思わず「痛いぃ!」と叫ぶ。なんとか正体に戻し登り返す。宝剣岳はすぐそこに見えていたけど、進むより戻った方がいい、と考え登山中止に。
よちよち歩きで来た道を戻る。

10日ほど経ち、かなり膝の痛みと腫れはなくなってきており、足を動かせるようになってきた。けど山を歩くにはもうちょっとかかるだろうなぁ。はぁ...。という2022年冬の総括。
ほぼなんにも出来ずじまいで、まれにみる、雪が豊富な冬だったのに山を楽しむことなく終わった。
なんとか5月には山に入れるようになりたいものです。

2月の黒戸尾根 富士山くっきり

どきどきの「刃渡り」 落ちたらいけんよ

3月20日の千畳敷カール ええ天気でした


極楽平への登り 雪は締まって歩きよい 
が、この1時間後くらいに...

とまぁ、どんだけ天気がよかったか、っていう写真を数枚載せましたが、天気良くても怪我しちゃだめですね、ほんと。

2021年11月22日月曜日

久しぶりの投稿は...

本日は久しぶりに朝から雨が降っている関西です。日帰り岩登りばかりしているのでブログに載せる話があまりないこの頃です。が、この週末、近すぎて意外と行ってなかった場所に行ってきました。

1日目は奈良県の曽爾高原。調べてみると11月いっぱいはススキが楽しめるということで行ってきました。
人が少ないように見えますが、結構な人出でした。ハイカー装備の人もいました。

もう少し日がかげると黄金色になるんでしょうね〜。でも中年&シニアチームはその時間まで粘る気力なし。寒くなってきたこともあって、これで大満足して下山。

そして2日目。先日「燃えよ剣」という映画を観てきました。歴史は好きですが、幕末は苦手でして...。片やダンナさんは幕末好き。ということで最低限の予備知識を頭に入れて見ましたが、なかなか面白かったです。で、エンドロールを見ていると「橿原市今井町」という文字が。
だんなさんが行ってみたい!と言いまして、私も近い場所で生まれ育ったがために意外と行ったことなくて、ということで行ってきました。

街中に入ると江戸時代にタイムトリップです。いやぁ、これだけの規模の古い街並みが残っているのは奇跡かも。

事前に予約が必要なお家もありますが、このお家「旧米谷家」は、予約なしで見学可能なのですが、行った時がお昼休み中で入れず。残念!でも、格子から中を覗くとそこは江戸時代〜明治時代の空気が流れていました。

で、ぶ〜らぶ〜ら、とにかくほぼ全ての通りを歩いていると薬局がありました。その前の今で言うショーウィンドウには...
レトロな看板が...。左上の赤い看板は「ロート製薬」のもの。影になっているところには、右から「シマズ イタマズ」と書いてあります。「井上博士ノ」とありますがどなただろう?と調べてみると、1900年初頭の日露戦争終結後に流行した目の病気に対して目薬の需要が高まっていたそうで、当時の眼科医界の権威の博士、井上豊太郎博士が処方したということです(*1)。

「づつうにノーシン」も子供の頃のテレビCMで流れていた懐かしいキャッチフレーズ。ついつい歌ってしまいます♪

今回は、町内のカフェには立ち寄りませんでしたが、次に機会があればカフェでランチを食べに訪れたいと思います。

*1 ロート製薬のホームページより抜粋。詳細はこちら

2021年8月17日火曜日

中央アルプス縦走 まとめ

 今回、久しぶりに二泊三日の縦走を実施。この季節の縦走も4、5年ぶりだったかと。

この季節に歩く場合、暑さ対策が重要だと痛感しました。とはいえ、一応今回取っていった対策があります。現場で取った策と合わせて備忘録として書きました。
  • 休憩の時など帽子を取って頭から熱を逃す。特に曇り空になったら。晴れていると逆に暑い
  • 手袋(グローブ)も時々外して熱を逃す
  • 長いパンツ(ズボン)を履いている場合は、裾をまくって足からも体の熱を逃す
  • 日陰の大岩に体を当てて冷ます(本文に書きました)
  • ヒヤロンを持参し、本当に危ない時は使用する。脇の下、首の後ろを冷やす
  • 女性は男性より下着が多いので、人がいない場所と時間を見計らって熱を逃すようにする   → 木曽殿越から空木岳へ登っている時、周りに誰もいなかったので思い切って、上のシャツを脱ぎました。ちょうど風も吹き太陽が隠れていたこともあって、かなり楽になりました。
  • 宿泊場に到着しても熱は残っている可能性がある。できるのであれば、靴下や衣類を脱いで熱を逃す工夫をして就寝する。
本文にも書きましたが、1日目の夜、靴下を脱いで上半身をシュラフから出した状態で寝たら夜中に寒くて起きるくらい冷え込みました。この時点で靴下を履いて防寒着を着て寝たのですが、朝起きるとすっかり元気になっていました。体の熱もすっかりなくなっていました。

ヒヤロンは2つ持っていきました。2日目に1つ使いましたが、本当に冷たくなり体を冷やすのにいいです。冷たい状態は30分ほど続くでしょうか。商品の内部構造が分かっていないのですが、使うと未使用の時より重たくなります。ですので「ちょっと暑いなぁ」くらいの状態で使うのはおすすめできないかなぁ。この状態で使っているといくつあっても足りないですから。それと使用済みを持って下山するのが重たくなりますから。

*絶対にそこら辺に捨てていかないこと!*
*必ず持って下山しましょう*
*全てのゴミは持ち帰ろう*

最終的には、本当に暑い時には登山を控える、というのが一番なのかと思います。
下界で暑い時は山でも暑いわけですから...。
気温は「1000m標高が上がると約6度下がる」というのを覚えておいて、町の気温を元に登山に適した気温かどうかを考えるのもひとつだと思います。
ちなみにこの3日間の気温は、22、3度はあったのではないかと思います。経験から20度を超えた状態で15〜18キロくらいの荷物を背負って歩くのはしんどくなる確率がかなり高くなります。

これらが夏山登山を楽しむヒントになれば幸いです。

この天気こそ夏山の醍醐味ですが... 熱さ対策お忘れなく!


2020年4月17日金曜日

近場で登山を楽しむにも...

先日は鈴鹿山系の鎌ヶ岳に行きましたが。
そもそも鎌ヶ岳へは歩荷トレーニングに行く予定でした。

今年のGW山行は、栂池自然園から入山する栂海新道歩きを考えておりました。そのため、4月は歩荷に重点をおいたトレーニングメニューを考えていました。

当初、3月半ばくらいかなぁ。劔に行こうかと話ししていたのですが、数年前の事故の記憶がまだ残っているのと、5月になるとおそらくウィルスの影響がでているだろう、と想像し、公共交通機関をなるべく使わずに行けるルートへの変更を考え始めていました。で、この季節の栂海新道だと人も少ないだろうし、公共交通機関(?)はゴンドラだけ、ということで栂海新道を歩くことに決めたのでした。

4月7日(火)の昼間。栂池スキー場のゴンドラ情報を確認したところ、冬季営業を終えて、いわゆるグリーンシーズンに向けての営業を開始します!というお知らせが掲載されていました。同日夕方に緊急事態宣言が発令されたものの、長野県の栂池は対象外だし、と思っていました。
10日。14日の鎌ヶ岳で歩荷トレーニングのため、荷物を15キロに調整し準備万端。
13日。昼間、なんとなく栂池スキー場のHPを確認したところ、な、なんと!緊急事態宣言が出たので、GWは営業しないということが発表されていた。が〜〜ん。

だんなさん曰く「まぁ、開いてたら(営業してたら)人は行くよな」...そうだよなぁ。それで都会からどっと人が押し寄せるとあかんわなぁ。ゴンドラだけの他人との同乗で大丈夫か、と思っていたけど、こうなっては致し方あるまい。家の近所でうろうろすることにしよう。

というわけで、荷物を軽くして鎌ヶ岳へ行ったのでした。この日鎌ヶ岳周辺にいた人は、頂上で単独登山者さん、水沢岳登山口から駐車場まで戻る途中に追いついた単独登山者さんの2人。ということでこの日この山にいたのは私たち2人を入れて4人だけ。

移動はもちろん車。コンビニに立ち寄るのも最低限だけ。登山帰りに楽しみなひとっぷろも、日帰り温泉ではなく家で...。

そして15日。週に一度のクライミングジムでの練習。人が密集することなく、窓、出入り口を全開しての空気の換気などされていたので営業続行かと思っていたし、8日は営業していたので意気揚々行ってみる...。「実は〜、5月8日まで営業しないことにしたんです」とのこと。スタッフさんはメンテナンスなどで出勤されてるものの休業ということで...。

いつになったら収束するのか?誰もが知りたい答えを虚しく呟く私です。

2012年1月12日木曜日

あっという間に1月も半ば...

あっという間に1月も半ば。はっや〜!
「1月行く、2月逃げる、3月去る」とそれぞれの月の頭の文字を取って言うそうですが、まさにその通りの予感です。

年末年始山行は北アルプスの穂高岳。トレースばっちり、天気も良くて、やや物足りない感があったのですが頂上往復は先頭切って歩きました。頂上付近はさすがに冬の3000m超、風がきつくて鼻の頭がややしもやけの様な状態になってしまいましたがそれもすでに完治。

やっぱり白い世界はいいもんです。


2011年11月9日水曜日

遠征のこと...

以前...半年前のHP版ヤマ色でこの秋、ネパールのある未踏峰に行く、という発表をしました。(こちら)
いい加減、再度発表しなくてはいけないなぁ、と思っていたのですが何をどう書いたらいいのか迷っていてロスの友人から「どうなってるの?」と先ほど、facebookに書き込みを頂き、そういえば、ちゃんと書かねば、と思いキーボードを叩いております。

結果から言いますと「お蔵入り」になりました。理由は色々とあります。その前に。声援をいただいた方々に本当にありがとうございましたというお礼と、申し訳ないです、期待に添えなくて、と謝りたいです。本当にごめんなさい。そして報告が遅れたこともごめんなさい。

ここに反省の念とこの反省を将来につなげるという意味も含め中止になった理由を書きたいと思います。
メンバーそれぞれ言い分があると思いますがとりあえずここは私のスペースということで私の所感を述べたいと思います。

リーダー不在
こういう遠征となると大なり小なり組織を作って行くわけなのですが、ものすごい個性のある人達が集まるのですね。その人達を、(実際の暴力は反対ですが気持ち的に)ひっぱたいてでも右を向かせて歩かせる、左を向かせて登らせる、という統率力、引率力のある人間がいなかった。
私が参加したのは、この話が立ち上がってから半年以上過ぎた頃。正直、計画の大部分はできてると思ってました。けどほとんど白紙の状態。正直「え?」という驚きがあったのも事実です。初めてのミーティングでそういう顔をしていた、とメンバーの1人に後で言われたくらいですから。
で、まぁ、毎月のミーティングに参加してる仲良しクラブ、ってな雰囲気でした。なんとかしようにも私は遠征の経験が無いのでにっちもさっちもいかない。ましてや後から参加の身、どこまで口を出していいか分からない、ってな個人的にも手探り状態、遠慮しがち。そんな中で1年が過ぎようとした時に、こりゃもぉだめだ、と結論を出したわけです。他力本願だったのでは?と言われても仕方ないですが、やはり登れなくても情熱があってあの地に行きたい、なんとしてでも、という熱い熱い熱い情熱を持ったリーダーがいなかった、ということです。

メンバーのスタイルの違い
7人のメンバーがいたわけですが、その内2人は岩登りはしないスタイルで山を登る人達。それではどういう山を選ぶのか?どういうルートを選ぶのか?2人には岩登りの練習をしてもらうのか?本人達はどうなのか?というところで、お互い自分のスタイルをもっと向上させたいと思って山やルートを選定しようとするのでばらばら。2人は「岩登りはできないし、やる気はない。」ときっぱりと表明されていたので、それでは2人以外の岩登りをするメンバーはどうするのか?岩登りをせずに済むルートを選ぶのか?それならどの山が未踏峰だ?と。でも6000m以上登るなら岩稜帯も出てくるだろう。岩登りも必要になってくるだろう。じゃぁ、2人には練習してもらわなきゃ。でも、2人は岩登りを本格的にする気はないって言ってるよ。じゃぁ、どうするの...ぐるぐるぐる話は回って堂々巡り、の状態。これも確固たるリーダー不在の結果でしょう。

メンバー同士の信頼関係
これは私が一方的に思っているだけかも知れません。でも、毎月1回、山に行かずに街中のカフェで顔を合わせてあーでもないこーでもないと話し合うだけでは絶対に信頼関係は生まれません。やはり山屋たるもの山に一緒に入ってなんぼ。いくら一緒に入っていても時々、大丈夫かな?と心配になる時だってあるのだから、ましてや山岳会も違う、スタイルも違うっていうのであればどんどん山に入ってお互いをさらけ出さなくては。これが本当にできなかった。時に、本当にやる気があるのか?という疑問も個人的に常に心の中にあった。ま、私はこれはみんなに発言しましたが。表向きは行く気まんまんに見えてSNSで不信感ありありのコメントをしてる人もいたりして。個人的には不信感が倍増したということもありました。

時間の感覚のなさ
いつ行くのかということとそれに対してあとどれだけ時間があってそれまでに何をしなくてはいけないのか?どれだけ時間があるのか?という時間に対する各個人の意識のなさ。
4月に私が発表してしまったのも、ややフライング気味というかやけっぱちというか言ってしまえばそこに向かって皆、加速するだろうという希望的観測を込めていたところがなきにしもあらず、だった。実際、あの時皆波に乗ってきてた時やったから。
しかし...波はとらえきれず。パドリングが弱かった、と山屋がサーフィンを例えに出しても仕方ないのですが。

今後どうしたらええか?
大勢で行く、というのは色んな意味でとても難しいことなのかも知れない、と実感。未踏峰に行くにしてもどこに行くにしても、少数でちゃっと用意してちゃっと行ってしまう方がモチベーションも保てるし信頼感も安定している。練習など行動も常に一緒に取りやすい。
その反面、2人だけやとお互いの息抜きのタイミングをうまく作らなくてはいけない...など色々と一長一短ですがね。

ということで、西ネパール6000m未踏峰という夢は夢に終わったのでした。でも、気分さっぱりしたことは確かです。具体的にならない夢のために使うお金と時間、労力はもったいないですからね。ただ、今回出会った人達は本当に山が岩が好きな人達ばかりで、月一のミーティングで山の話をしている時は本当に幸せでしたね。自分の好きなことをこれまで出会ってなかった人達ととことん話をできたことは本当によかったです。仕事の話とかそういう山以外の話を一切せずに山の話だけをする。これまで一番の至福の一時でした。

皆さん、ありがとう。