2021年3月6日土曜日

昔日山行話 2007年6月末 燕岳〜北燕岳

ちょうど梅雨時。梅雨晴れを狙って、といえばなんか天気図読めるみたいで賢く聞こえますが、そんなことは当時これっぽちも考えず。山岳会の山行もない時期やったので父ちゃんを誘って行った。

1泊2日のテント泊。父ちゃんにも平等に荷物を持たせて中房温泉から合戦尾根を登った。1日目は天気悪く寒かったけれど、蛙岩などへ雨中散策。

テント場に残雪があるとはつゆとも思わずスコップを持参しなかったらテン場の整地ができず。燕山荘の人に大きなスコップを貸してもらえた。

2日目。晴天。この日の雲海はすばらしかった。


さて、もともと合戦尾根往復の予定だったが、せっかくなので北燕岳から東沢乗越を経て中房川沿いを下ろうということになった。
道の様子を燕山荘の人に聞いたら「残雪があって危ないので行かないほうがいいですよ」と言われた。これを父親に言ったら「そら、小屋の人はそう言うわ。なんかあったらあかんから」と。まぁ、そうか。とりあえず行けるところまで行ってみようか。

北燕岳方面

地図上、東沢乗越へ向かうため右折する(東へ向かう)場所。ここで夏道が隠れていたので直進してしまった。2683mの地点へ行く前に、方角がなんか違うと思って引き返した。北に向かっていることに気づいたのだ。晴れていると地形が読めるのでやっぱり登山するには晴れの日がいい。

少し戻ってよ〜く見ると、残雪の奥に小さい小さい手作り木製はしごがかかっているのが見えた。方向転換してそちらに向かう父ちゃん(↑)。奥に見える山は清水岳や有明山の稜線。

東沢乗越の標識。13年前はまだ字が読めしっかりしていたが今はどうなっていることやら。

中房川沿いの道を赤布を頼りに下る。

東沢乗越から中房温泉までの道は、この頃はまだ歩きやすかったと思う。ただ、人はほんといない。合戦尾根の比じゃない。この道を行くならしっかりした心と装備の準備が必要。右へ左へと渡渉もある。少しでも不安に思うなら行かないほうがいい。当時は所々崩れていた場所もあったが急な場所にはトラロープが設置されていた。あれから台風とか大雨とかあったので今はどうなっているやら...。